先生と私
大学1年生のとき、先生の授業に出会いました。
文学、文芸についてのオムニバス式の授業で、全15回あるうち1~3回ずつ先生が入れ替わっていくものでしたが、その真ん中くらいでしょうか。衝撃だった、なんてありきたりな言葉も、実際その後十年以上続くのだから疑いようがありません。よくそこで出会えたなというのと、よくそこから縁を逃さなかったなというのと、若い自分に感謝する日々です。
その授業には楽しい以上のことがありました。説明してしまうと単純に思われるでしょうが、知っている漫画やアニメやライトノベルが出たというのがまず大きかった。学生たちの興味をひくためというのではなく(厳密にはその意味も含まれていたでしょうけれど)、例えばケータイ小説もネット小説も、ライトノベル史も文学史に入っていること、それらが流行る背景に社会学があって、インターネットの普及や震災や地下鉄サリンのような大きな事件があって、時代が生んだ「新世紀エヴァンゲリオン」のようなコンテンツがあり、影響を受けて、もしくはカウンターカルチャー的に派生していく作品やジャンルがある。そういったことを大学で、学問として紹介されたことが私には衝撃で、楽しくて仕方なかったのです。帰りに東浩紀の新書を買い、TSUTAYAでエヴァも新海誠もKey作品もかりまくって、なんとか追いつこうとしたものでした。
サブカルを知らなかったのか、何を今更と思われるかもしれませんが、結果的に私が先生から学んだのは、学問が自由自在に越境できることと、そうであるのならば、それらの価値は全て平等であるということでした。
実際、先生は宮沢賢治の研究者ですが、学生にはよく宮沢賢治の作品が出ている漫画やアニメなど作品があれば教えて、と情報を集めています。今の私にも見つけるたび伝える習慣は続いていて、先生が知らなかったものだと感謝をして下さいます。時に、研究者の中にはこういった越境をよく思わなかったり、価値がないと思っている人もいると嘆いておられることもあります。先生の傍にいれば、無価値なはずがない、文化が広がっていくのだから前進には違いないのに、と一緒に悲観してしまうのですが、これほどコンテンツが無数にある時代だと粗製乱造もわからなくはないし、作品の意味をわかってやっているのか、軽んじられてはいないか、と懸念されるのもわからなくはないのです。勿論先生も、そういった研究者の方々の心境をわかっておいででしょう。
ただ、あの日、先生の授業と出会った私にはその入口が必要だった。ネット環境すら貧しい四国の田舎で育ち、テレビやお笑い芸人を愛し、漫画やアニメの知識を蓄えつつもろくに友達もいないものだから、何が好き、何が面白かったなんて話もうまくできないまま、文芸創作のコンテストと俳句甲子園と図書委員として作った「伊坂幸太郎作品はこれを読め」のポップだけごく少数の先生に褒められていた私には、あのフラットな入り口が必要だったのです。
ポラン堂古書店には、勿論漫画もおきましょうと先生は言いました。ジャンル分けしすぎない棚にしましょうと、本の大きさも散らばっていたほうが綺麗だと、日々そんな楽しい模索に、僭越ながら仲間として混ぜていただいています。同じく先生の授業を通じて繋がったサポーターズたちにも、それぞれ得意とするジャンル、ばらばらな好みがあって、あの古書店には今なかなか広いフラットな入口が開かれようとしています。
ポラン堂古書店、4月17日オープンします。
どうぞよろしくお願いします。
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