この母がすごい! 小説3選
おはようございます。母の日ですね。
今回はちょっと趣向を変えまして、ポラン堂古書店にある無しは関係なく、ただただ「この母がすごい」小説3選をお届けします。
長嶋有『今も未来も変わらない』
表紙の婦人公論によって、長嶋有の婦人公論の小説と呼んでしまいがちな一冊。
内容はシングルマザーの星子と高校生の娘の拠の日常ですが、長嶋有氏の描く日常というのは本当に日常ですので、「『AH』とか『あぁ』って一瞬でもある曲しばり」のカラオケで、ザ・ブルーハーツの「人にやさしく」やYUIの「CHE.R.RY」で盛り上がったり、星子の携帯に母親から「スマホの電話マークの右上にポッチが付いているのを消すにはどうするか」とメッセージが来たり、その「右上のぽっち」について考えたりと、劇的な何かは起こらなくてもずっとにやにやしながら読めます。
そして恋の話もあります。しかしそれはあっつあつのものではなく、没入と達観を繰り返すような現実的な距離感で起こります。娘の恋を察した瞬間を、「希少な野生動物のさらに希少な産卵シーンに立ち会えた気持ち」と喩えるのがすごくいい。娘だから、娘に限って、ではなく色恋自体が今や希少だという。「野生の色恋がバサバサーと飛び立ってしまったらいかん」と息をひそめ、その場を離れる母。抜き出すとコメディ的ですが、現代的な批評性としてぐっとくる場面だったりします。
母としてどうとか、格言なんてわざとらしいものは特にない母娘ものですが、一つだけ、主人公が娘に送る言葉が最後にあります。それがまた何故だか泣けてしまって、一台前の携帯からずっとメモに残しています。その言葉にもぜひ出会ってほしい。
森絵都『みかづき』
NHKで連続ドラマ化もされたので有名かもですね。
森絵都氏というと『カラフル』ですが、どうしてか私は『カラフル』をホラーか何かと勘違いしていたのでだいぶ後回しにし、その割に、本名が似ているという親近感から『宇宙のみなしご』『アーモンド入りチョコレートのワルツ』『リズム』『ゴールドフィッシュ』と、えらく網羅的に彼女のヤングアダルトを読んでいました。その後も高校、大学と何作か(『カラフル』『永遠の出口』など)は読んだつもりだったのですが、久々に、おそらく学生時代以来手に取ってその重厚感というか、時代を駆けるようなダイナミズムに驚いたというのが今作でした。読んでもうすぐに、朝ドラやんと思い、朝ドラになることは叶いませんでしたがすぐにNHKドラマ化の帯が巻かれるようになりました。「母」の役は永作博美さんでした。
「母」、と呼ぶと実際読んだ方は疑問を持たれるかもしれませんが、しかし大島千明という女性(一章では赤坂千明)は私たち読者の前に現れた瞬間から「母」なのだから仕方がない。女手一つで、という苦労話は一切せず、亡き夫の実家からの手切れ金で塾を作ろうという彼女に、主人公の吾郎(ドラマでは高橋一生さんでしたね)はあれよあれよと吞み込まれてしまいます。昭和36年、千明の発する「塾」という単語に、吾郎が「ジュク?」とわからないような時代です。文部省のしきる学校教育を疑問視し、今後学歴社会に向けて競争化していく教育を憂いて、理想の教育の為「袂を分かとう」という強さ。「この母がすごい」に抜擢せざるを得ません。
しかしこんな強い女性が家庭人として丸く収まるわけもなく、吾郎とも溝が生まれていくのですが、このうまくいかなさも描ける森絵都さんすごいなあと改めて思ったわけでした。この作品も最後が素晴らしいんですが、吾郎が語る千明がいいんですよね、すごく。
川上未映子『夏物語』
母と子の小説であることは間違いないです。ただ、上の二つとは、というかどの母子の物語とも違う。しいて言うなら、母だけの物語かもしれない。
恐れ多いことですが、この作品を昨年一番素晴らしかった小説としてツイッターに呟かせて頂きました。読みながらも、ここまでくるか、ここまで届くのかと自分の芯をえぐりとってきた作品で、読んでからも頭の中が放心状態というものでした。なんていうか、こうなってくるとおすすめしたいとは違ってくるのです。ただ昨年のベストだろうがブログだろうが、折に触れ、見ないふりみたいなことができない。
第一部の二百頁は間違いなく母と娘の物語です。主人公・夏子の姉と、彼女の娘が大阪から東京に遊びにくるという話。娘のほうはもう半年も母親と口をきいておらず、二人は筆談でしか会話をしません。しかしその母である姉にも、決して娘には相談しない、豊胸手術をしたいという野望がある。とにかく嚙み合っていない母娘ですが、次第に和解には向かっていきます。終始冷静な第三者として、その母娘に対し立ち回ることができている夏子なのですけれど、第二章からが本編で、その夏子の中で「子どもがほしい」という気持ちが抑えきれなくなってしまいます。
人工授精について調べる夏子と、人工授精というエゴについて訴える逢沢さんとの出会い。何故子どもが欲しいのか突き詰めていくことの切なさ。街の描写にベビーカーや子どもばかりが目立っていく寂しさ。
作品に表されるものを誤解なく伝えるには読んでいただくしかないと思います。
ただ、どうか、小説やそれのみでなく自分のものではない物語を味わうことに、ちゃんと距離を保てる方が読んでほしいと、うまく言えないながら、思います。読書に新しい自分を見つけることはできても、傷ついたりはしない方に。バッドエンドとかでは全然ないんですけども、そういうことではなく、ただ本当に良い作品なのでそんな余計なことを、思ってしまうのです。
長くなった上に、変な話になりました。
ともかく本日『ポラン堂古書店』では、母の日コーナーが設けられています。
ご家庭のお母様への日頃の感謝はもちろんのこと、物語の中のいろんな母にも、思いを寄せてみるのはいかがでしょうか。
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