海の日だから海の本コーナー
こんばんは。
世間は三連休の只中で、明日は「海の日」だそうですね。
いろんなことがありますわけで、バカンス気分にはなれないわ、という方もいらっしゃるかもしれませんが、実はそんな海でバカンスなんて小説は少ないんですよという気持ちも添えて、ポラン堂古書店の現在入口にあります「海の日コーナー」をおすすめしたいと思います。
毎度のごとくこちらのコーナーから3選です。
ヘミングウェイ『老人と海』
有名中の有名作、海と言えばの作品だと思います。こちらが刊行されている新潮文庫では何度となくカバーを変えて出版されていますが、海外文庫の中の累計一位、日本の作品を合わせても夏目漱石の『こころ』、太宰治の『人間失格』に次いで三位とのこと。
そんな作品を今更紹介? と呆れてしまわれるかもしれませんが、お恥ずかしい話、私は最近になって読んだのです。
写真にあるのは高見浩さん訳。2020年の夏に新訳版として、表紙カバーの装丁も影山徹さんになり出版されたものです。ほんと、無茶苦茶かっこいいですよね。実際とんでもなく内容にも合っているというか、補完し合っていると思います。
今更ながら、あらすじは、老いた漁師が海に出るというもの。そこで大物がかかって、となるわけです。なんというか文学を味わう上ではいい表現なのか微妙ですが、手に汗握るわけですよ。人と魚、互いの知恵と機転と意地で繰り広げられた、50年以上読み継がれる壮大な漁。もちろん、海や一瞬ずつ交わる生物たちとの描写、老人の心理などいちいち文章が卓越していますし、やがて魚と入れ替わり、一体化したのかと錯覚する場面の幻想は、息を呑むしかできません。
去年の夏には話題のバンド・ヨルシカがコラボ楽曲を出し、それに合わせて、同じ高見浩さん訳をコラボカバーで発刊するなどもあり、ビジュアル、雰囲気の良さもあって今もさらに注目を集める作品です。
有川浩『塩の街』
2004年、ライトノベルレーベルでも最大レーベルの一つ「電撃文庫」の「電撃小説大賞」の<大賞>を受賞し、有川浩氏はデビューしました。そのデビュー作が『塩の街』。私が読んだ当時は漫画的なイラストがあり、おかげで真奈も秋庭さんも顔が浮かびます。
後にラブコメの大家となる有川浩さんですので、デビュー作からラブについては、本当にいきいきとしています。
塩害という、人や建物が塩と化す災害によって崩壊した社会で、一緒に暮らす男と少女。ぶっきらぼうに見えて優しい、「優しくするとき怒る人」こと秋庭さんと、そんな彼の性質を理解し寄り添いつつ、他の困っている人も放っておけない純真な真奈の、気を許し合ったやりとりと、時に互いへの愛情のあまり気を遣い合ったやりとりがもどかしく楽しい。
なぜこの作品が「海」特集かって(なぜ有川浩作品なら『海の底』じゃないのかって)、この作品の1話があまりにも私の心に残っているからです。
大きな重いリュックを背負い、群馬から東京までをひたすら歩いてきた青年は、空腹のあまり行き倒れてしまいます。真奈は彼を見つけ、秋庭のもとに「拾って」帰り、どやしつけられるのですが、青年の望みはただ一つ、綺麗な海に行くことでした。その一途な理由、世界の崩壊というSF的風景、真奈と秋庭という不思議な絆をもった二人組──1話に充分この作品に惹きつけられる要素が詰まっています。
角川レーベルで出版された際、『塩の街』には200頁近い続編が書きおろしされています。『図書館戦争』の『別冊』が二巻あったことも踏まえると、そりゃ真に書きたいイチャイチャ(?)はここにある、って感じですよね。
G・ガルシア=マルケス「この世でいちばん美しい水死人」
『百年の孤独』で知られるラテンアメリカ文学の作家、ガルシア=マルケスの短編で、写真の中だと短編集『エレンディラ』、最近だと河出文庫から発刊された『ガルシア=マルケス中短編傑作選』に収録されています。
たった11頁の短編で、実を言うと最初に出会ったのは学生時代、先生(ポラン堂店主)の卒業研究の授業で配られたプリントでした。当時の私には文字で敷き詰められた海外文学の難解な印象が強く、引き込まれるどころか遠ざかってしまったのですが、後に短編集『エレンディラ』を手に入れ、読み返すと、その滑稽さやある意味のキュートさに胸を撃ち抜かれたのでした。
村の子どもたちが浜辺で漂流物を見つけ、そこから男の水死体が現れます。しばらく子どもたちは砂に埋めたり、掘り起こしたりして水死体で遊んでいましたが、村の大人が見つけ、村に運ぶ。女たちはそのよそ者の水死体をきれいに洗ってやり、次第にその凛々しい顔に愛着を持ち始めます。一人の年を重ねた女性が「エステーバンという名前じゃないかって気がするね」というと、なんかそんな気がすると、生きている頃はこうだったんじゃないかと、みんなで想像を膨らませ始めるのです。
死体という言葉の強さと、どうしてか間の抜けたような展開があって、次第に読者がこの物語に愛着を持ち始める。とっても好きな短編です。
『エレンディラ』には他にも「失われた時の海」「幽霊船の最後の航海」という「海」とタイトルに入る短編も収録されています。一冊まるごとこの季節に合っているかもしれません。
というわけで、「海」の3選でした。
海を読めば海に行きたくなる人もいれば、海を読めば海に行った気になって満足な人もいて、読書はそのどちらの為にあってもいいと思います。
どちらにしても、海というのが、景色として素晴らしいのですから、表紙などの装丁、描写に惹きつけられる魅力があるのは確かです。
この暑い季節に涼しい場所で海の本、おすすめです。
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