平和について考える本、のコーナーから紹介

 こんにちは。

 1945(昭和20)年8月15日、

 日本はポツダム宣言を受諾することで降伏しました。

 平成生まれの私でも、西暦和暦、その日にちまで思い出すまでもない刷り込まれた知識ですし、実際8/15が誕生日だという人に会うと、あっ終戦記念日なのか、とすぐ思ってしまいます。

 毎年特集を組んで放送される報道やドラマを観れなくとも、最近だとアニメ映画の「この世界の片隅に」、大河ドラマの「いだてん」、朝ドラの「カムカムエブリバディ」など、その全てに玉音放送は流れ、映像の向こうの人たちが各々で「終戦」を受け止めるのを見守りました。歴史というには生々しく、どう思った、どう感じた等と簡単に言うことは憚られるような緊張した話題であるというのが、戦争を知らない世代、である私の正直な心境です。

 ただ平和について「考える」とあることですので、今日は少し、ポラン堂古書店の「平和について考える」コーナーを紹介しつつ、踏み込んでみようかな、どうかなと思いながら書きます。

 とはいえ、小説読みですので、小説をいつものように三冊紹介するかたちです。




早瀬耕『彼女の知らない空』

 1992年に大学の卒論として執筆した『グリフォンズ・ガーデン』が早川書房にて出版されたのち、22年の空白を経て『未必のマクベス』を出版、2017年にその文庫版が各本屋で話題となりました。生物・物理・宇宙・経済等の穴がないのかというほど富んだ知識と、22年の会社勤めもあってなのか、理性的で現実的な大人っぽい文章、そこに滲む文学的で広大なロマンチシズムがあって、出会った瞬間に惚れ込んでしまった私の大好きな作家さんです。

 そんな早瀬耕氏が2020年に出版した短編集が『彼女の知らない空』です。

 帯には「戦争が、始まった」からの文章。正直、この帯の文章では早瀬耕氏が書いている命題の密度が伝わらないだろうという不満はあります。

 1作目、「思い過ごしの空」は化粧品会社に勤める主人公が、自社製品の軍事登用(ステルス軍用機の塗料への転用)を知ってしまいます。職場結婚をした妻は、動物実験を行わないと掲げている理由からその会社を選び、初めて訪れた家で象牙製の置物を非難するような純真な正義を持った女性です。報道される戦争や紛争のニュースを見るたびに苦い考えに圧迫されながらも、妻に自社の兵器産業なんて告げれば夫婦共々での転職を切り出されるだろうというジレンマに苛まれます。確かに、会社が戦争に加担していたから辞めた、と言ったところで、その意気や良しと採用してもらえるほど甘くないだろうというのも現実的にわかります。勿論、タイトルからして、「それは思い過ごしだった」というオチではありません。一つ目の話からこんなにも濃い。妻に隠し事をして日常会話すらおぼつかないという出だしから、その隠し事が上記です。濃い。

 2作目は表題作ですが、改正憲法が施行された後、「交戦権」を持った上で紛争地帯を対応しなくてはならなくなった自衛隊の話です。「教育環境の整備」とパッケージングされて国民投票となり、投票率65%のうち過半数55%の賛成票があり可決……なんて如何にもありそうで怖い。

 3作目「七時のニュース」は学生デモの運営をしていたという就活生を面接から落としたことをきっかけに、妻と三年にわたる諍いとなってしまったという話です。この作品は小学館の無料冊子「きらら」で2019年に読んだときから未だに思い返し、考えては難しいと悩むほど、本当に良い命題を扱った作品だと個人的に思っています。

 4作目以降は会社勤めの中で追い込まれていく主人公やその周囲の話となりますが、戦時下の風潮や言葉を引きずって使う現代社会への猛烈な非難も見えます。

 この短編集のテーマを味気なくまとめると、現代の企業人と戦争、だと思います。ただ、精巧な描写によって絶望的なものも日常的なものも、どれも二者択一に迫られる。そしてその選択自体によっては、迫られたらもう、選ぶしかない、進むしかない。

 臨場感をもってその危機感を強く体験できてしまう一冊です。




深緑野分『戦場のコックたち』

 今年の『スタッフロール』を含め、過去四作、本屋大賞にノミネートされている作家さんです。グローバルな広がりを持った作品が多いですが、『戦場のコックたち』の印象もあってとてもキャラクター性に富んだ登場人物たちの活躍が目立ち、重厚な世界観と裏腹に読みやすいのが特徴です。

 『戦場のコックたち』は1944年初夏に初陣となる合衆国陸軍のパラシュート歩兵連隊の第三大隊の特技兵(コック)のティムと、その若き仲間たちの、戦地の日々を描いた長編小説です。

 反対する両親にむきになって訴えたことでサインをもらい、祖母の料理帖を一冊拝借して軍に入ったティムは、他隊員に軽んじられながらも自分の才能を活かせるコックの職につき、中隊のコックのリーダーであるエドを相棒に奮闘します。

 エドの賢さもあって、秘密裡にパラシュートを集める隊員の謎や粉末卵が失くなる謎など、戦場という非日常の中の日常の謎に遭遇し解決していきます。この和やかさも、この作品前半の大切なあらすじです。味音痴なエドが味見や味付けの塩梅をティムに任せているところなど、良いコンビの二人です。

 ただし、この彼らは1944年の歩兵隊員たちなのです。

 硝煙の舞うなかを走り、残酷な死を何度も目にし、仲間は負傷し、気が触れ、戦死するものもいる。あまりにナチュラルな人種差別の声もあれば、敵側の将校と「学生かい?」などという日常会話ができてしまうこともある。

 主人公たちは誰も、軍人のプロではありません。彼らが学園ドラマをやってくれるならどれだけ楽しかっただろうという気がします。どんなに戦火が強くなろうとも、彼らが輪になって、話し合う場面には温かみがあるのだから読むのをやめられないのです。

 私はやたら超然と構えて見える美男の機関銃兵ライナスと、憎まれ口を叩きながらも何かと付き合ってくれる衛生兵のスパークが好きですが、後半における彼らの役割というのにとても胸を熱くされたので、どうか最後まで読んでほしいです。




中島京子『小さいおうち』

 赤い三角屋根の文化住宅。

 大学時代に先生(現ポラン堂古書店主)が文学論の授業をなさったとき、その縦軸のキーワードとして住居の変化を挙げ、今となってはあまりに画として想像しやすい「赤い三角屋根の文化住宅」について『小さいおうち』を例にしました。この作品との出会いはそこでした。

 山田洋次監督が、松たか子さんと黒木華さんで映画化し、ベルリン国際映画祭で話題になるなどあって、とても有名な作品でもあります。

 昭和初期。女中タキが、若く美しい奥様のいる赤い屋根の家に奉公し、一生家を守ろうというけなげな忠誠をもって、家事をこなし、奥様の恋愛を見守るなどするあらすじです。日本はやがて戦時下となっていきますが、日中戦争のことも提灯行列を見たことしか記憶にないと思い返すほど彼女たちの日常は彼女たちのペースで過ぎているように見えます。真珠湾の日も「アメリカもこれで、もう日本をバカにできないと思い知ったに違いない」とはしゃいだり、そのすぐ年明けの正月にタキに留守番を任せ、家族でスキー旅行に行ったり。

 この作品は年老いたタキが甥の次男の健史に自身の綴ったノートを元に話を聞かせるという構成ですので、ちょくちょく健史の反応が挟まれますが、彼も「能天気すぎる」と呆れます。ただ、その現代と当時のギャップのリアリティもこの作品の誠実さですし、何より戦争の話をせがむ健史に対するタキの心の声がとてもこの作品の芯を捉えているように思います。


「おばあちゃんの話には、戦争のことが何一つ出てこないじゃない。ものすごいことになってたんでしょう? レイテ沖海戦で海軍は壊滅的攻撃を受けるんだよね? もう神風特攻隊も出陣してるよね? フィリピンは敵の手に落ちるわけでしょう? 硫黄島のことは知ってたわけ?」
「戦争のこと」と健史は言うけれども、それは正しくは「兵隊さんのこと」とか「海軍のこと」とか「戦闘のこと」とかなんとか、言うべきだ。
 昭和二十年にもなれば、わたしだって、平和の中に生きてるなんて思っていなかった。本土決戦が間近だと思っていた。
 慢性的に聞かされる外地の情報なんて、なんの意味があっただろう。


 抜粋した部分だけだとなかなか無遠慮な子どものようですが、赤い屋根の小さいおうちに思いを馳せながら一人1LDKに住む現在のタキを、とても気にかけているのが甥の次男の健史です。彼の現代人らしいそぶりも、暗くなっていく本筋と対照的な明るさを担っています。

 そして読み返すと気付くのですが彼が繰り返す「美化しちゃだめだよ」「そんな嘘信じない」という反応はある一点の秘密を隠すタキには、実は刺さったのではないかということです。その秘密をメインに語られがちな作品なので、ここではあまり触れないでおきますが。




 そんな感じで以上3作でした。

 最初にあげた「この世界の片隅に」「いだてん」「カムカムエブリバディ」も上記の小説3作も、全てが戦争を絡めながらも、フィクションです。これはどうでしょう、戦争を考えるという上で、甘いでしょうか。

 しかしそんな私にタキおばあちゃんの言葉は寄り添うわけです。兵隊や海軍や戦闘の話だけが戦争の話というわけではない。そして日本人作家でありながら、こうもエンターテインメントな切り口で当時のアメリカ兵を扱った深緑野分さんに勇気づけられるわけです。

 どう考えてもいい。ただ考えるのも、想像するのも今だからできるのかもしれない。

 早瀬耕氏の「彼女の知らない空」の主人公にはトリガーを握りながら、改正憲法に賛成した有権者はここまで考えたか、想像したかと頭の中で捲し立てるシーンがあります。

 いざ目の前に迫ったら避けられない。いま私にある、この想像力は絶対にないがしろにしてはいけないときつく思ってしまいます。


 最後にポラン堂古書店は8/15~8/21、臨時休業となります。

 皆様、お身体に気を付けて、あっでもブログは水曜・日曜更新を続けますので、どうぞよろしくお願い致します。では。


 



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2022.4月に開店した夙川の古本屋さん 「ポラン堂古書店」を応援するために、 ひとりでに盛り上がってできたブログです。 ・ポラン堂古書店のおすすめ情報 ・ポラン堂古書店、 およびその店主が関わるイベントなどのレポート ・店主や仲間たちを巻き込む、読書好きの企画記事 ……などなどを毎週日・水ほか、で更新予定。 ちなみに店主とブログ主の関係は大学時代の先生と生徒なのでたびたび「先生」と呼びます。

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