音楽をめぐる本のコーナー
こんにちは。
暑さはまだ和らいだ感じがしないですけれど、雨が続き、台風が過ぎていくうちに秋はもうすぐそこにあるのかもしれないという予感がありますね。
今回は前回の「犬」コーナーに続き、最近新設された「音楽をめぐる」コーナーについての紹介です。芸術の秋、に絡めた特集の第一回になるかもしれません。本音を言えば、読書の秋といいうだけあって、秋という季節はブログテーマがこじつけやすいなぁとか思うのですが、もろもろにあやかって今後も好きな本をご紹介させていただけたらと思います。
実はというと、音楽を携えた作品というのを、そもそも好んで読んでしまうところがありまして、今回の3選も、だいぶ迷いながらでございます。すでに第2、3弾をやりたくなっているのが正直なところ。ともあれ、もっと読まれてほしいなという3作品をご紹介いたします。
津原泰水『ブラバン』
この棚の後ろに隠れてあるんですが、いきなり写真をミスっていて申し訳ございません。
ただ今回のブログで最もお話ししたかった大好きな作品です。
舞台は1980年、ある高校の吹奏楽部の青春を描いた、と言いたいところですが、実際には四半世紀たった後、高校時代を回想する回顧録であり、1980年の彼らと歳をとって再会する彼らとを、段差がないくらいにフラットに何度も行きつ戻りつする作品です。
冒頭、現代の「僕」は、十五歳の頃に自分を吹奏楽部に入部させた同級生の皆元優香が事故死したことを知ります。悲観にくれるというのではなく、ただすっと記憶の扉が叩かれて、四半世紀前、彼女が教室から「僕」を呼び出し、自分は指を負傷したから「ブラバンで弦バス弾きんさい」と言われた日を思い出すのです。元々マンドリンを弾けた主人公は軽音でバンドをやるはずが、弦バス=コントラバスに打ち込むようになります。
ブラバンには3頁にもわたる長い登場人物一覧があり、いや覚えれんて、と最初圧倒されるのですが、それぞれの主役回のようなピックアップはないにも関わらず、不思議なことにみんなに親しみがわいてくるのです。
私は冒頭で死んでしまう皆元と主人公の、ドライでありながらも周囲から「良いコンビだった」といわれる関係が好きですし、主人公と同時に入部した男子三人にもそれぞれに青春があってよい。音楽小説らしく、無茶苦茶かっこいいシーンとして忘れられないのが、1学年上の、軽音楽学部も兼部する辻くんという先輩が、文化祭でバンドとして大暴れした後、アンコールとなり、ベースをテナーサックスに持ち替えて現れ、ジョン・レノンの『真夜中を突っ走れ』を演奏するところ。主人公の「泣くかと思った。」という文章もあってのことでしょうがとにかく痺れました。このスターとも言える辻くんの人生もまた……。
語り手は一人ですが群像劇といえると思います。1980年という時代を愛着を込めて書く文章と、現代を生きていくことの世知辛さやいとおしさが沁みて、味わうところが満載の一冊です。
藤谷治『世界でいちばん美しい』
私に音楽小説好きを自覚させた作品『船に乗れ!』の作者、藤谷治氏のもう一つの音楽小説です。『船に乗れ!』についてもいつか文章を書きたいと思いますが、何せそちらは3巻完結ですので、1巻完結の『世界でいちばん美しい』から紹介したいところです。
語り手であり作家の島崎哲が、親友のせった君くんこと雪駄文彦くんという人物について語る作品です。音楽一家に生まれた島崎は小学生の頃に初めてせった君の前でピアノを弾いてみせるのですが、ピアノに触れたこともなかったはずの彼は、見て真似るだけで弾けるようになってしまいます。要するに才能があったせった君は、島崎から知識や様々にコレクションしてある音楽を吸収し、その才能を開花させていくのです。
音楽をめぐる物語において、大変頻出するテーマが「才能」です。この作品においても音楽の英才教育を受けてきた語り手が、無邪気に自らの音楽の道を切り開いていくせった君を煙たく思ったり嫉妬したりする様子もあります。しかし、世間知らずで、誰かに恋をしてしまったらどうしたらいいか、と相談を持ち掛けるようなせった君の毒気のなさは、島崎から敵意を削いでいくのです。
しかし、この作品にはとっても極端に持つ者と持たざる者を描いた凄まじい仕掛けがあります。津々見勘太郎、というもう一人の語り手がいるのです。
彼についてこの紹介文では詳しく言及しませんが、このタイトルでありながら、美しいものと美しくないものの双方を書き表しているという衝撃作です。
最後の解説で、作家の大島真寿美さんが、島崎という語り手を「藤谷治さんを髣髴とさせる人物」と触れますし、私もそのように思いながら読んでいました。けれど、そうであるならば、津々見勘太郎もまた藤谷治なのかもしれないと恐ろしい想像を、大島さんはするわけです。長らく藤谷さんに魅入られてきたファンとしては、……あながち間違っていない想像だろうなという予感がありますが。
町屋良平『ショパンゾンビ・コンテスタント』
ゾンビは出ません。世界最大コンクールにショパン国際ピアノコンクールがありますけれど、それを舞台としたというと語弊があるのですが、それにまつわる物語です。
必死で勉強し、現役合格した音大をあっさりやめた後、ファミレスでバイトをしながら小説を書くことにした「ぼく」の下宿先には、音大生で才能に恵まれた友人の源元(げんげん)が入り浸っています。別に音楽を挫折した主人公を責めるなどもなく、家より落ち着く、という理由で「ショパンコンクール」の動画を眺めているだけの彼なのですが、ただ「いざというときのために、ショパンの協奏曲のオケパートを練習しておけ」と主人公に告げています。
源元には幼馴染みの恋人・潮里がいるのですが、ファミレスのバイト先が同じという接点もあり「ぼく」はあっさり彼女に惚れてしまっています。秘めたる恋でもなんでもなく、「源元なんてやめなよ」と何度も彼女に言い、彼女もまたその好意をわかって弄んでいる、そんな全然応援したくない関係です。
友情ものというには熱さが足りず、恋愛ものというにも熱さが足りない、ただ気だるい中でも誰もが思うところを持っているのがじわりじわりと滲み始めます。登場人物は少ないですが、150センチ台の小柄な身長で、名古屋の許嫁がいるという、ファミレスのキッチン担当・寺田くんという現実味の薄いキャラクターが良いアクセントとなっているのも魅力です。
四人で名古屋で行ってからのストーリーの転がり方、描写の洗練され方には何度も鳥肌が立ったものでした。苦しいを苦しいと言わず、寂しいを寂しいと言わず、そりゃあ友情ものとも恋愛ものとも違うだろうというテーマがそこにあるのだと思います。
練習しておけ、と言った部分は勿論回収され、その一連の描写も見事なのですが、帰りの電車で、主人公が憧れのダイ・タイ・ソン(1980年にアジア人で初めてショパンコンクールで優勝した人物)の幻に話しかけられる、その内容がとても素晴らしい。ぜひ触れてみていただきたいです。
以上です。
実は今回の3選は全て音楽を辞めた語り手によるものでした。年齢はばらばらで、『ショパンゾンビ・コンテスタント』だけ回想録ではない、というのも良いバランスだなと勝手に選んでおいて思います。音楽を辞めて小説を書いている、というのが2作に共通している点もむべなるかなというところです。みなさん今は作家さんなわけなので。音楽というだけで青春なのかもしれないと、音楽小説を読んでいるとたびたび感じます。
紹介文を書きながらも、音楽について熱をもって語る文章や音楽がわかる同士のいきいきとした会話を、ブログなんてもので伝えることはとうていできないというのはなかなかに歯がゆいものでした。私が惹かれ、憧れるものはそこだというのに。
どうか音楽に興味がある方も、全くわからないという方もこの魅惑的な世界観や温度感に浸っていただきたいです。ぜひ手に取ってみてください。
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