祝・50記事目は、「本屋」小説特集!

 こんにちは、10月ですね。

 水曜ごろから気温ががくっと下がるという噂です。6月に始まった猛暑から、やっと解放されるのは嬉しい限りですが、気温の変化が急激とのことなので、皆さまくれぐれも体調には気をつけてくださいませ。

 ということで、見出しで触れていますけれども、今日の記事が50回目の更新になります。1年間続くアニメや大河ドラマが約50話で最終話を迎えることからして、週二で更新してきたこのブログはちゃんと半年続いたわけでございます。ことあるごとに私のモチベーションを上げてくれる、最近だと来店されたお客様や賢治祭でお会いされた方にまでこのブログを宣伝してくれている先生(ポラン堂店主)、そしてことあるごと記事に協力してくれる、勝手にサポーターズと名付けた友人たちには感謝してもしきれません。

 そんな区切りの回ということで、今回は「本屋」が舞台の作品3選をさせていただきました。皆さまにはどんな作品が浮かびましたでしょうか。いっぱいあって選べないと思う人も少なくないのではないかと思いますが、ちょっとなかなか、我ながら自信のあるラインナップをご紹介いたしますので、どうぞお付き合いください。




ジェレミー・マーサー『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』

 シェイクスピア&カンパニー書店、ご存知でしょうか。私はこの本を手に取るまで知らなかったのですがフランスの、セーヌ左岸の河岸に実在する有名な書店です。

 1919年アメリカから移住してきたシルヴィア・ビーチによって開かれたのが初代ですが、本作の舞台は、1951年に、これもアメリカ人ジョージ・ウィットマンが開いていた「レ・ミストラル」という書店を、初代から敬意をもって名を拝借した二代目「シェイクスピア&カンパニー書店」となります。

 初代はヘミングウェイ『移動祝祭日』に登場したり、ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』の出版元となるなど当時の作家たちを支えた伝説的な書店ですが、二代目は、あのシェイクスピア&カンパニー書店かと言われるとそうではない、しかしもう否定するのも面倒くさいという適当な緩さをもって、今もフランスに開店しているわけです。

 ジョージの「シェイクスピア&カンパニー書店」の大きな特徴は「書店を装った社会主義的ユートピア」と呼ばれるところ。古書室に1台、一階の本店に2台、図書室に6台、三階のアパルトマンに4台の計13台ベッドがあり、作家や詩人を目指す若者たちに無料で宿と食事を提供する「流れ者ホテル」となっています。開店前の掃除と手伝いをすること、加えて一時間は店の手伝いをすること、さらに理想として図書室(売り物ではない店内読書のみ認められた書棚)から一日一冊読むこと、閉店の戸締りを手伝うこと、が居住者の条件になります。なんて素敵な、と思いますでしょう。

 しかし、実際の滞在者である筆者がその日々を語るこの作品は別にシェイクスピア&カンパニー書店の慈善事業の素晴らしさとか、物書きを目指すひたむきな若者の努力とか、そんな美談を語るものではないでのです。実際は古く、衛生面に難がありまくり、書店の主ジョージに日々倹約を求められる住人たちはなんとか無料で贅沢ができないかとご飯や風呂などを求めパリの街を徘徊します。

 筆者がカナダで法外のことを繰り返してきた犯罪記者であることもほの暗さというか渋みがあり、温かさと痛さとを交互に味わえる、深みをもった青春小説と言えます。




山崎ナオコ―ラ『昼田とハッコウ』

 ほぼ吉祥寺と言ってもいい、幸福寺という町にある、家族経営(?)のアロワナ書店という町の新刊書店を描いた作品です。あ、こちらの書店はフィクションです。

 「アロワナ書店」は四階建て、地下もあり、エレベーター付き、アルバイトは十人以上、四階の水槽にシルバーアロワナという、他の本屋小説の舞台と比べるとなかなか大きな書店になります。三世帯で暮らす田中家の真ん中、公平が店長を務め、その下に三兄弟、鼓太郎、ハッコウ、瞳がいます。中でも引きこもりで町どころか家からも出るつもりのないハッコウ(漢字で、白虹)25歳を、父・公平は唯一社員にし、店長の役職を与え、ゆくゆくは店の全てを継がせると公言しています。ハッコウはここでしか生きていけないのだから、他兄弟たちは彼をサポートするように、というわけです。

 田中家三兄弟はしばしば四兄弟になります。実際には公平の妹の子である為いとこにあたり、周囲からハッコウと双子という扱いを受ける同い年の、昼田がいるのです。父親は不明、5歳のときに母親を亡くし、以来家族同然、兄弟同然として田中家で過ごしてきた彼ですが、兄弟からは「昼田」と苗字で呼ばれています。19歳で家を出、大学卒業後、六本木ヒルズのIT企業に就職、西新宿の新築マンション十階に住む昼田こそ、この物語の語り手の「オレ」であり、主人公です。

 土日には実家として田中家に帰り、アロワナ書店と働かない店長であるハッコウの様子を見るのが昼田の日課です。要領が良く、常識人で常にハッコウのフォローに回り、しかし田中家の実子ではないからと一線を引いてきた、という切ない面が目立ちます。

 時折「恋」についての文章も挟まれるのですが、「こっそり片思いをして、ひっそり死にたい」というほど、何においても消極的。絵に描いたような「良い子」の昼田ですが、身を引きすぎる姿勢には当事者になるまいという傲慢さすらあるのです。

 と、昼田と田中家をめぐるあらすじばかり語りましたが、町の書店の意義を考える場面が多く存在し、また出版時期から察せられるように、作中に東日本大震災が起こるなど、社会的な風景も多く描写されます。

 後半は、アロワナ書店に勤めることになる昼田ですが、ハッコウたちとの日常や他愛もない会話、自身への内省、社会や政治に対しての話など、どれもフラットに行きかう自然さが心地いい一冊です。




藤谷治『燃えよ、あんず』

 このブログにおいて頻出する作家さんの一人、藤谷治氏の本屋をめぐる群像劇です。

 下北沢にある、語り手オサムさん(作者と同一人物かどうかなんて野暮です)曰く、「小さく貧しく、どうしようもない本屋」──「フィクショネス」。

 問屋と契約をせず、神田にある卸問屋から直接自身が売りたい本を買い、並べ、売る。保証金も要らず、気楽で自由に、好きな本を売ればいいと考え、一人で開店したのが始まりでした。返本なんて流行にあやかった新書やタレント本の為にあるわけで、そんなものは必要ない、と。「万古不易の傑作文学や、一生に一度は読むべきと誰もが思う哲学書や、そこらの本屋には目にも入らぬ隠れた名作ばかりを置けばよい。人間は誰一人として例外なく、知的向上心を持っているに決まっているのだから……」と、いうことで開店しますが、客は来ません。藤谷治作品名物、プライド激高の主人公が最速でそのプライドを折られるわけです。存続の為、オサムさんが思いついたのは文学について喋る講座「文学の教室」を開くことでした。──このあたり、ポラン堂古書店が賢治講座を行っていたことと重なって親近感をもったものでした──。

 物語は、文学の教室の常連となった久美ちゃんを中心に起こります。明るく可愛く、ちょっと図々しい店の常連だった久美ちゃんは、若くして結婚し、しかし一年と経たずしてその夫を亡くしてしまうのです。夫の実家に住む場所を変え、店に顔を出さなくなって数年が過ぎましたが、ある時、とあるきっかけで、久美ちゃんはフィクショネスにまた姿を現すのです。そのきっかけこそ、由良達臣というもう一人の文学の教室の常連です。

 恐ろしいような、暗い大きな瞳をした美青年。誰が見ても一目置いてしまうほど独特な佇まいがあり、博識で、要領もよく、久美ちゃんが彼に再会したときなんて有名企業の重役にまでなっています。そんな完璧超人ではあるのですが、えー、性格が異常です。いやどう言い表したものか、なのでぜひ読んで味わってみてほしいです。数あるフィクションの中でも、こんなやつ会ったことない、という類でした。

 そうなんです、この作品は本屋を中心に集まった人たちのどたばた劇、ほっこりあったかい話と言いたいところなんですが、由良の所為でそうはいかない。作中の人たちは由良の異常性に気付かず、彼に感謝すらするのですが、序盤で彼の独白を訊いた読者は誰もが、おまえ、きさま呼ばわりし、いらんこと言うな、と思い続けて読むわけです。なんやかんやでそれが楽しい。もちろん由良以外に見所がないわけではなく、店主のオサムさんと妻・桃子さんの久美ちゃんを思いやる姿にぐっときますし、夫婦の会話がどれも良いので、由良ばかりに見せ場があるわけではありません。今年読んだ中でも屈指の面白い小説でした。ぜひ。




 以上です。

 本屋舞台の、と選んでみて感じたのが、本屋とはコミュニティであるということの説得力です。上記の作品はどれも個性的な店員たちと客たちがチームのようになって織りなす物語になっています。家族とも違い、縛られすぎず、しかし居場所と呼んでいいような温かさがあるのです。

 ポラン堂古書店でもいろんなチームワークがあります。オープン当初から先生が作りたいと志向したものも、そういったコミュニケーションの場でした。時代に応じ、その需要の形態は変わるのかもしれませんが、だからこそ普遍的な本質もそこに見つけられる気がします。

 本屋を見つめ直す意味でも、こうした小説を楽しんでみるのはいかがでしょうか。


 最後に業務連絡、といいますがこのブログについてです。

 半年間、週2回更新を続けてきたこのブログですが、次回から週1回の日曜更新にしたいと思います。週休二日を二日ともブログの為に使ってきた半年でしたが、そろそろ息切れが如実になって参りましたので、一旦ペースを落とします。余裕があれば日曜以外にも+αで更新するかもしれません。ともかく続けることには続けて参りますので、これからも何かと拙いブログですが、よろしくお願いします。

ポラン堂古書店サポーター日誌

2022.4月に開店した夙川の古本屋さん 「ポラン堂古書店」を応援するために、 ひとりでに盛り上がってできたブログです。 ・ポラン堂古書店のおすすめ情報 ・ポラン堂古書店、 およびその店主が関わるイベントなどのレポート ・店主や仲間たちを巻き込む、読書好きの企画記事 ……などなどを毎週日・水ほか、で更新予定。 ちなみに店主とブログ主の関係は大学時代の先生と生徒なのでたびたび「先生」と呼びます。

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