図書室が舞台の小説特集
こんにちは。
ポラン堂古書店も、こちらのブログも2年目となりました。
だからどうなる、ということは具体的にはございませんが、2年目も楽しくやっていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
さて、今回のテーマは「図書室」です。
4/23は「世界図書・著作権デー」と言いまして、1995年にユネスコ総会にて制定された、書籍とその作者に敬意を表する記念日だそうです。日本では、2001年からこの日を「子ども読書の日」とも定めるようにし、4/23~5/12は「こどもの読書週間」、4/30は図書館法公布の日にちなんで「図書館記念日」、5/1~5/31は「図書館振興の月」、という感じで、とにかく読書や図書館の記念日が敷き詰まっています。
そういった理由で、テーマを選んだのですが、お気づきでしょうか。
タイトルにございますテーマは図書「室」です。近日中にまた、図書「館」をテーマにした特集回もしたいという企みもありまして、それほど紹介したい本が溢れかえっています。
2つに分けた言い訳というのではなく、「図書室」がテーマということは学園ものであるという意味を含んでおり、今回はそういった作品特集として楽しんでもらえると思っています。
それでは3冊、図書室を舞台にした青春小説をご紹介致します。
米澤穂信『本と鍵の季節』
図書室が舞台の作品となると、この作品が一番先に思い浮かんだ人は多いのではないでしょうか。
単行本としての刊行は2018年で、まだ新しいほうの作品といってもいいんじゃないかと思いますが、昨年に続編が刊行されたこの<図書委員>シリーズはファンも多く、今や直木賞作家でもある米澤穂信さんの人気シリーズの一つと言っても過言ではありません。
と、冷静に語ろうと努めていますが、本当に大好きな作品です。人生のベストテンに入るかもしれないほどなのですが、どうにか自分を律し、勢いやら情熱やら以外でなんとかご紹介したいと思います。
内容は高校2年生の図書委員、堀川次郎と松倉詩門という男子二人が繰り広げる連作「日常の謎」ミステリーです。一話目にあたる「913」は2012年に短編として「小説すばる」に掲載されました。シリーズものとしては想定されていなかったらしく、二作目「ロックオンロッカー」は一年以上後に同雑誌に掲載されます。
米澤穂信さんが「日常の謎」の名手であることは疑いようがないことかと思います。一見軽い、どこにでもありそうな謎が、ぞっとするような、ヒヤッとするような本当の姿を現すとき、それらは殺人が起きる以上に胸に迫ってくるのです。
ただ、私がこの作品を愛してやまない理由を述べるとすると、それは主人公二人の魅力、言ってしまえば関係性の魅力です。断っておきますが、決して濃密に、愛憎入り乱れた関係というわけではなく、どこか自分にも思い当たりそうなほど、ありそうな関係です。
二人はクラスが別、週に1回だけ図書当番で会うだけの関係です。放課後や休日に遊んだりするわけでもないので、友達と言えるかも微妙です。ただ、とても話がしやすい。趣味が合うかというと、広い意味では合うのでしょうけれど、もっと姿勢とか温度感が合う二人です。本は多少読むが決して神格化していない、図書委員の仕事には真面目に取り組むが程よく手を抜いている、というような。コンビネーションができていて一緒にいて苦ではない、職場の同僚みたいな二人なので、決してそれぞれの家庭の事情や、暗い本心などは察することはあっても踏み込みません。ただ、いくつかの事件を経るなかで相手の本質や事情が見えてくるようになる……踏み込まない、という信頼によってある一本の線を、踏み込む選択肢が現れるのです。
続刊に『栞と嘘の季節』がありますが、『本と鍵の季節』で大きな謎は回収され、この本一冊だけでも十分な満足感は味わえます。ただ、二人の先が気になる、という思いも自ずとわきあがってくると思います。ともかく『本と鍵の季節』、未読な方はぜひ。
長嶋有『ぼくは落ち着きがない』
何度かこのブログでも触れておりますが、長嶋有さんは私の一番好きな作家さんです。
昨年、誕生月でもあった9月にはポラン堂古書店に僭越ながら頂いている「私の棚」のコーナーを、長嶋有さんコーナーとさせていただき、9/28更新のブログにはそちらを特集しています。
ただ思えば、初めて長嶋有さんの作品に触れたのは先生(ポラン堂店主)の授業プリントの抜粋された文章でした。それがこの『ぼくは落ち着きがない』。あれ、小説ってこうだっけと思えるくらい、文章の自由さ、リアリティーの密度に驚かされたのを鮮明に覚えています。舞台や背景の描写があって、登場人物がいて、台詞がある──そんな構成らしきものが全く見えず、ただ、人がそこにいる、という印象を受けたのでした。
舞台は高校の図書室。タイトルに「ぼくは」とありますが、主人公は高校2年生の女子生徒・望美です。彼女は図書館を管理・運営する図書部の部員です。主人公の高校ではその昔、図書委員の事情やサボりで図書館が開かない問題を解決するため、本好きのグループが設立した「図書部」があり、以来「図書委員」と「図書部員」で図書室を運営しているのです。といったところでそんな運営の問題や、まして委員vs部員の対立を描くような物語ではありません。図書部員という、図書館の書庫を部室としている学生たちの青春のあれこれを描いた作品なのです。
昼休みは皆、教室で食べるのではなく、部室である書庫の横長の机で「最後の晩餐」みたいに並んで食べ、めいめいに談笑し、雑誌や漫画を読む者もいる。携帯電話を机の下に隠して触る。教科書の貸し借りをする。コピー機のコツを後輩に教える。ゼムクリップが一本の鎖みたいに繋がっているイタズラを見つけ、犯人は誰という話になる。気安い仲間がいて、学生時代にこんな場所があればどんなに良かったかと思う理想郷のようですが、彼女ら彼らにも切実な問題はあります。ただ、そういったものに立ち向かう姿すら理想の青春だなぁという、羨望の眼差しをおくってしまうのです。
長嶋有さんの作品で一冊まるごと学園小説というのも珍しく、それにしたところで全くおじさん目線ではない、高校2年生の女子がちゃんとそこに生きて見えるのだから、凄まじい作品だと思います。望美だけでなく、頼子やナス先輩など魅力的な高校生がたくさん登場するのも素晴らしい。
タイトルの意味も気になるところかと思いますが、終盤に回収されます。
ともかく長嶋有氏の描く青春小説を、皆さまぜひ読んでいただければです。
鯨井あめ『晴れ、時々くらげを呼ぶ』
有名なベテラン作家さんの作品を2作紹介致しましたが、3作目は超新星作家さんの作品です。
鯨井あめさん、1998年(!)のお生まれで、2020年に大学在学中『晴れ、時々くらげを呼ぶ』で小説現代長編新人賞を受賞しデビューされました。小説現代長編新人賞には珍しい、青春小説ど真ん中の作品で、眩しく可愛く、しかしテーマ性も損なわれない見事な受賞作なのです。
主人公は例にもれず高校2年生の図書委員・越前亨。あらすじにあるように無関心で無気力な男子高校生ですが、彼には誰にも言わない密かな日課があります。それは売れない作家のまま病死した父の遺品となる本棚を、ガラスケース越しに見て、そこにある本を一段目から順に、そこからではなく図書室で借りて読むというものです。決して本読みではなく、冒頭も『春と修羅』の文庫を、意味はわからなくても読み終わると達成感があるから詩はいい、なんて気持ちで読んでいます。
そんな彼が出会うのは学校の屋上で雨乞いならぬ「クラゲ乞い」を大真面目にする、不思議ちゃんな後輩・小崎優子。空からクラゲを降らせたい、謎の願いを持った女子ですが、そこにはちゃんと理屈があり、亨は彼女の目的を知ることで変わり始めることになります。
小崎の特徴としては本好きで、主人公の亡き父のファンでもあります。そしてこの作品の楽しい理由として、現代に活躍する作家名・作品名がたくさん出てくるのは外せません。
「先輩、伊坂幸太郎も好きなんですか」小崎が目を輝かせた。
「好きだよ。優子ちゃんも読むの?」
「わたしは小川洋子とか恩田陸が好きなんですけど、伊坂幸太郎の『重力ピエロ』が好きで」「あーなら『チルドレン』も好きかも。『ガソリン生活』とか」
始まった。読書家トークだ。知らない作家の名前が飛び交う。僕は蚊帳の外だ。
実際この小崎と図書委員の先輩の「読書家トーク」は、主人公を蚊帳の外にしたまま4頁続きます。楽しいですよね。
ただこうしたテンポよく流れるトークは、序盤の主人公が読書や他人に全く関心をもっていないことを表しています。この数頁先にある図書委員の好きな本を紹介するポップ作りでも小崎はいしいしんじ、小崎と話していた先輩は越谷オサムと貴志祐介を選びますが、主人公は読んだことのない『君の名は。』のノベライズを選ぶ適当加減です。
とはいえ、彼は密かに父の本棚の本を読み進めており、誰かの好きな本に関心を持つという意味で、彼に訪れる変化は、最初から芽を出しているのです。
クラゲを呼ぶ、というファンシーな粗筋ではありますがとても等身大で、読んで気持ちのいい作品だと思います。ぜひ。
以上です。図書室編でした、図書館編もまた近日。
こうして書きながら思ったのは、図書室のノスタルジーです。
私は学生時代、ずっとエスカレーター式で図書委員でした。役職もあったので毎年の学年の始まり、みんなが委員を決めるような学級会ではあらかじめ図書委員のところに私の名前が入ったレジュメが配られているほどで、勝手な優越感を感じていました。図書室の居心地の良さとか、放課後の本整理に時間を割かれる感じとか、今回紹介した作品のような、図書委員(一部、図書部)の物語には共感がとめどなく溢れます。
ただ学生生活を終え、学校関係の仕事にも就いていない私は、もう今後「図書室」というものには行かないのかもしれないな、とも思いました。あの頃は誰にでも開かれているように見えた図書室でしたが、やはり限定的な空間だったのだなと。寂しい気持ちと一緒に、どこかあの頃をいとおしく思うような気持ちもわいてきます。
皆さん、「図書室」はどんなふうに思い浮かびますでしょうか。
学生の方ならば今でしょうが、そうでなければ過去、ということに多くの場合なると思います。記憶をノックするような気持ちで、図書室にまつわる物語、手に取ってみるのはいかがでしょうか。
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