「荘」で事件が起きる推理小説特集
こんにちは。
あまりにも猛暑ですね。
先日京都の「下鴨神社納涼古本まつり」に行ってまいりましたけども、あまりの暑さに自分の体力ゲージがずっと赤く点滅しているような感覚で誰か季節を変えてくれと願わずにはいられませんでした。しかし毎年のことながらあまりにもたくさんの古本があり、見たことのない面白そうな本の数々を次々買い漁ってしまい、気付けばとっても充実した時間を過ごしていました。
8/16迄ですが、間違いなく本好きは楽しいビッグイベントですので、暑さ対策をしつつ、まだの人はぜひどうぞです。あと台風も気にしながら、無理のない範囲で。
今回はちょっと夏休みらしいんじゃないかなというのと、8/11「山の日」に絡めまして、「荘」をテーマにした小説紹介をしたいと思います。
「荘」と言えば「トキワ荘」など夢を追いかける若者が安い賃料で過ごしているアパートか、富裕層が避暑地などにする都会を離れた別荘か、大きく分けるとその二つではないでしょうか。そして、夏休みらしい、と既に言ってしまっております通り、今回のブログで取り上げるのは後者のほうとなります。
前者の「荘」なら熱くほろ苦い青春やあたたかな癒しがあったかもしれない、しかし後者の「荘」になると必ず、殺人事件が起きてしまいます。かなしいかな、そんな「荘」のお話を3作集めました。。
と、悲観したふりをしつつ名だたる傑作が多いので、ぜひこの夏の古本祭りシーズンの参考として、お付き合いくださいませ。
倉知淳『星降り山荘の殺人』
まず本編の主人公が登場する
主人公は語り手でありいわばワトソン役
つまり全ての情報を読者と共有する立場であり
事件の犯人では有り得ない
これが冒頭の先頭に、付箋を貼りつけたように四角い枠に囲まれて書いてある文章です。
読者は事件どころか舞台すらわからず、どの登場人物にも、主人公にすらまだ会っていない状況でこの前情報を頭に入れます。これがこの作品の特異なところであり、挑戦的で、何なら挑発的なところであり、1996年に発刊されたにも関わらず後に何年も名作として残り続ける所以となる仕掛けです。
冒頭、主人公の杉下和夫は自身の課長を殴って(軽く突き飛ばして)しまったことで、部長に呼び出され、異動を命じられます。移動先は「カルチャークリエイティブ部」といっていわゆる、芸能部。ここでもう一度あの四角の枠が挿入されるのです。
和夫は早速新しい仕事に出かける
そこで本編の探偵役が登場する
探偵役が事件に介入するのは無論偶然であり
事件の犯人では有り得ない
作者のプロットのメモ書きが残っているような、注釈と言っていいのかわからない注釈で、私も初めて読んだときはこの時点で既に、この挿入を楽しみにしてしまっていました。
そんなこんなで本編では、スターウォッチャーだというギリシャ彫刻のような二枚目タレント、星園詩郎が登場します。和夫は彼のマネージャー見習いということになり、最初の仕事は、経営が悪化し新しい開発者に買い取られた埼玉の奥地の山荘に、今後の宣伝役として星園が招待されたため、それに同行してほしいというものでした。つまり、殺人事件の起きる舞台の山荘に赴くわけです。
山荘に集まったのは癖の強い面々。殺人事件は起き、山荘は脱出不可能になり、とお決まりの展開となっていきますが、私がこの物語で一番素晴らしく思っているのが全員顔を突き合わせながらも騙しぬく犯人の巧さです。それはまさに、付箋のような注釈でプロットを開示しながらも読者をまんまと騙していくこの物語そのものと思えます。
詳しく言えば勿論ネタバレになってしまいますので控えますが、ぜひ味わってみてほしいです。補足すると、表紙にあるように雪の降る山荘ですので、今の時期に読むと涼しくなれるかもしれません。
筒井康隆『ロートレック荘事件』
忘れることなどできない。おれと重樹がともに八歳のときの夏だった。おれは重樹を滑り台のスロープの中ほどから足で突き落としてしまい、彼を畸形にして、その一生を滅茶苦茶にしてしまったのだった。
こちらが冒頭の文章であり、言わずもがな、核となる文章です。「序」というタイトルのつく一章は、過失を犯した「おれ」がその後いかに「重樹」に献身し、彼を守る人生を選んできたかということ、それは奉仕ではなく、彼を素晴らしく思い、愛しているからこそのもので、喜びと共にあったのだということが語られます。
そして二章、タイトルは「起」。夏の終わり、「おれ」は親友の工藤忠明の運転する車で「ロートレック荘」に向かう場面から始まります。ロートレックの絵画を蒐集する富豪の別荘には、幼い頃から親しい三人の未婚の美女がおり、招待された理由に純真な、ちょっと下卑な想像を膨らませ笑い合いながら、青年たちの車はロートレック荘に到着します。「おれ」は「重樹さま」と呼ばれ、ロートレック荘の者たちに迎え入れられます。ここで一章と二章の「おれ」が異なることを読者は直感しますが、そのまま読み進めていくしかありません。
三人の美女に想いを寄せられつつも自分の想いを遂げるために迷う主人公、しかし読者は文庫の裏にあるあらすじに「一人また一人、美女が殺される」と書いてあるのを知っています。そして一人目の美女が殺された瞬間、まずい、と戦慄させられるのです。主人公と恋愛・結婚フラグを立ててはいけない、たぶん殺されるぞ、と。
荘ものミステリにしては200頁ほどで短く読みやすい作品ですが、うわっと驚く展開が待っています。伏線、というのは本当に奥が深く、巧妙なからくりのような見事な仕掛けをいうのだなといくつかミステリを読んできた身でありながら、なかなか痺れさせられました。
この作品についても、1990年の作品なので、長く読み継がれてきた作品になります。名作たる所以というやつが、わりと気軽に味わえると思います。あと新潮文庫版ではところどころにロートレックの絵がカラー頁で挿入されていますので、その辺りのお得感もおすすめです。
鮎川哲也『リラ荘殺人事件』
鮎川哲也さん、鮎川哲也賞でも有名なミステリの大家に違いないですが、お生まれが1919年という、太宰治の後だけど三島由紀夫の前ということで、あんまり近代文学作家の一覧に載るようなイメージがないもののあの時代の作家さんなんですよね。という、緩い認識を勝手ながら持っております。
『リラ荘殺人事件』は1959年に『りら荘事件』として発刊されました。探偵・星影龍三シリーズの一作目にあたりますが、こちらの名探偵は本当に終盤に唐突に現れるので、あんまりシリーズという気負いはなく単品として読めると思います。
検索していただくとわかると思いますが、『リラ荘殺人事件』と『りら荘事件』と二種類あります。上記の書影で紹介している角川文庫版の解説・芦辺拓さん曰く、原題『りら荘事件』→『リラ荘殺人事件』に改題→さらに『りら荘事件』に原題復帰していて、しかも鮎川氏本人の手で加筆改稿が行われている新旧バージョンが『りら荘』にも『リラ荘』にもあるというややこしい仕様だそうです。どっちのタイトルにしても今刊行されているものは最新バージョンでしょうから、どちらを読んでも問題ないと思います。
じゃあその「リラ」ってなに、って話なのですが、冒頭に説明があります。元々の所有者がライラックの花を愛し、建物の周囲にぎっしり植えており、そのライラックの別名が刺羅(リラ)なのです。ひらがな、カタカナよりもこの漢字表記の「刺羅」が一番しっくりくると思えるのは、間違いなくこの荘に起きる悲惨な事件の所為でしょう。
男女七人の芸大生が、個人の別荘であった寮「リラ荘」に訪れます。仲が良いようで、いろんな確執が見え隠れする七人ですが、夕食の後、一組の男女の婚約が発表され、それぞれの確執は表面化することになっていきます。翌日、リラ荘の傍の崖の下で発見される一人の死体、さらに連続殺人へとつながっていくのです。
この作品の面白いところは、リラ荘は決して脱出不可能ではなく閉ざされていないということ。一旦東京に帰る者がいたり、警察が来たりします。この七人だけで事件を解決しようとならないところが、やがて他のミステリと違う様相を見せてくるのです。
また頁を捲る手を止められない理由に、全てを知る、神視点の語りの巧さがあります。「このときまでリラ荘は平穏そのものだったのである」という程度ならまだありがちですが、「のちに彼女が殺された際に、刑事はすぐにこのときの各人が示したさまざまな表情を思いうかべたのである。」はあまりにも神視点が過ぎるというか、「彼女」が死ぬことをこの一文でさらっと明かされるというのは、これまでにない恐れおののく読書体験でした。
絶妙に読者を焦らす、超越的な語り口を、ぜひ味わってみていただきたいです。
以上です。どれも20世紀に生まれた名だたる傑作3作の紹介になりました。
昔の作品でも読みやすい、と簡単に言ってしまえるところと、そうでないところがあります。文章の巧さは申し分ありませんが、ただ、人物に対して、特に女性に対しての扱いがなかなかひどい……と、言いつつ少し笑ってしまっている私です。笑えない人もいるだろうと思いますので、万人にぜひぜひとは言えないです。
彼女たちがひどい暴力を振るわれるみたいなのはないんです。殺されはしますけれど、そこに男尊女卑的なものはあまりなくて。もっと日常的な会話や、キャラクター造詣が、旧時代的なんですよね。女性の話だけではなく、他にも旧時代的というのはところどころ散見されますが、どれも読者との対決が主体で、それぞれのキャラクターに愛情やら敬意やらを著すことには重きを置いていないのではないかと思います。ある意味でそれが潔く、人によっては読みやすい。
その時代のミステリを読んでいるという味わいとして、ひどいなぁ、と笑って面白がれるのが楽しみ方のコツと思います。もちろん名作なので楽しんでしかるべき、とまでは全く思いませんが、気軽な気持ちでと言いたいところではあります。
興味をお持ちいただいた方はぜひ、手に取ってみてください。
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