ハケンアニメ! 〜メディアミックス棚の紹介〜

 今月は驚くほどの勢いで小説原作の映画公開が続きますね。

 櫛木理宇『死刑にいたる病』、凪良ゆう『流浪の月』、辻村深月『ハケンアニメ!』、古川日出男『犬王』と話題作が続きます。他にも調べてみると、今期ドラマで『ナンバMG5』と先週から始まった『17歳の帝国』で話題の神尾楓珠くん主演『20歳のソウル』も、中井由梨子さんのノンフィクション小説で、洋画だとブッカ―賞を受賞したイギリス作家グレアム・スウィスト『マザリング・サンデー』原作の『帰らない日曜日』が公開だとか。『銀河英雄伝説』のサードシーズン最終章の公開も迫りますがこちらも言わずもがな田中芳樹原作。

 ポラン堂古書店には親しみやすさを感じてもらうべく、メディアミックスのコーナーも設けております。5月だけではなく直近で公開したものや、今後公開の映画、ドラマ、さらに過去メディアミックスの印象が深い作品などが置いてあります。


 さて、皆さまは、映画を観る前に原作を読もうと思ったことはどれくらいあるでしょうか。私には結構ございまして、塩田武士さんの『罪の声』などは原作の読了も、次いで映画鑑賞も遅れて遅れてぎりぎりを飛び込むようなかたちになってしまいました。結果、原作の、ひやりとするくらい繊細に事件の骨格がなぞられていく緊張感と、映画の、脚本や役者さんによって生まれる人情味を両方味わうことができました。

 同じ塩田武士さんの『騙し絵の牙』はわりと出版年と公開年の開きに不思議な感慨を持ちました。小説は2017年刊行ですが、ダヴィンチ連載を考えるとさらに前、実際原作モデルで後の映画主演の大泉洋氏と塩田さんが打ち合わせをしたのが2015年とのことです。一方、映画公開年はコロナで一年延期し2021年、「雑誌存続の為に奮闘する編集長」の速水は変わらず策略家ではあるものの、全てを達観し、私が原作から想像するよりさらに老成した表情で、映画の中に現れたのでした。詳しくは小説も映画も味わってほしいので何とも言えませんが、ともかく私は、映画館で速水を見ながら、きっとあのときから何年も頑張ったんだなと勝手な感想を抱いたのでした。

 

 原作も映画も味わう、この楽しさはまたいつか、原作も映画も楽しかった作品特集みたいなことをやりたいと思っているので、そこでもっとお話ししますが、冒頭に述べました通り、それを楽しめるチャンスはいま、すぐそこにあります。

 今回はその一つをピックアップ致します。



『ハケンアニメ!』

(未読の方、絶対にネタバレは致しませんのでご安心ください)

 2012年から『an・an』に連載され、2014年に単行本として刊行された辻村深月さんの小説です。『カードキャプターさくら』などでお馴染みの漫画家・CLAMPの描く表紙が、発売当初からたいへん話題でした。

 「ハケンアニメ」とは「1クールにおける最も話題の『覇権』をとるアニメ」を指します。内容はアニメ業界を描いた三編となっていて、表紙の三人こそが各話の主人公です。ただ、彼女たちには仕事におけるバディとなるような男性がいて、各話が各ペアの話のようになっています。映画化が発表された際公開されたポスタービジュアルも真ん中で色が分かれ、香屋子(尾野真千子)と王子(中村倫也)、瞳(吉岡里帆)と行城(柄本佑)のように各ペアが強調されています。ただ映画はオムニバス式というよりは群像劇化しそうなので、どう二組が絡み合うのかが見どころだと思っています。

 まず原作ファンとしてこの映画化の報に心底喜んだのは言うまでもありません。

 確かに、好きな作品のメディアミックスが嬉しいというのは当然のことでないです。各媒体にしか出せない魅力もあり、好きなものが表現され切れない不安はどの作品にもありますし、昨今の「実写化」という言葉のマイナスイメージは私の中でも腑に落ちるところはあります。


 ただ、『ハケンアニメ!』の映画化は嬉しかった。


 第一に、この作品世界は、私にとってものすごく幸せでいくらでも続いてほしいと思っているというのが大きいです。表現者と仕事、プロ意識と人間味を混在させ、それぞれに細かな駆け引きをしながら互いに高め合っていく登場人物たちが魅力で、彼女ら彼らを見続けたいとずっと思っているのです。媒体が何であれ、新たなかたちで彼女ら彼らに会えるのだから嬉しくないわけがない。特に柄本佑さん演じる行城はすごく見たい。

 第二に、トレーラーの中のアニメの出来です。情報公開と同時に動画を流したわけですから、そりゃ制作陣もドヤ顔だったでしょう。キャストに合わせて、もう一つの主役を発表したようなものです。元々原作『ハケンアニメ!』の素晴らしさとして、辻村氏が行った業界に対する密度の濃い取材があります。実際原作の巻末には幾原邦彦監督(※1)、松本理恵監督(※2)への謝辞が述べられ、そのお二方が王子・瞳のモデルと言われています。要するに原作ファンには上がりきっている作中アニメのハードルを、映像化するならば越えなくてはいけない。しかしトレーラーでいきなり作中アニメの映像を扱うことで、その懸念される批判を早くも黙らせてしまったのです。(※3)

※1 『美少女戦士セーラームーン』では演出、シリーズデレクターを担当、監督代表作だと『少女革命ウテナ』、現在は『輪るピングドラム』が劇場公開中
※2 『YES!プリキュア5』等プリキュアシリーズの各話演出、監督代表作だと『血界戦線』1期、松本理恵監督の素敵さはロッテ×BUMP OF CHICKEN「ベイビーアイラブユーだぜ」の動画でも話題に。YouTubeでいつでも見られます
※3 映画における作中アニメの制作スタッフは上記二人ではありません。『ONE PIECE STAMPEDE』の大塚隆史、『若おかみは小学生!』の谷東監督、など各作中アニメに特設HPがあり、あらすじやスタッフ・声優陣が紹介されています


 ここまでお伝えして、面白いんだってことはわかった、と。しかしまぁ本を読む時間もないし映画のほうを観ようと思われたとしたら、いや、その、いいんですけど、でもですよ、……原作が面白かったがゆえにこれほどの熱量なのですよ。

 映画化に際して、原作で三人というより三組いるうちの二組しかキャストは発表されませんでした。尺の都合もあっておそらく二組分の話しかされないでしょう。アニメから地方の町おこしへ発展していく三話目の面白さは原作でしか味わえないと思います。さらに『騙し絵の牙』でも述べました時代の問題ですが、『ハケンアニメ!』こそ2012年から2022年まで10年の開きがあるわけです。アニメ業界は動画ビジネスの急速な展開でさらに細分化し、今年刊行されたスピンオフ作品集『レジェンドアニメ!』では「覇権」という言葉に対し王子が否定的な感想を言う場面が入っています。作者が時代性を確信している以上、映画も何らかでそこを捉えていなければなりません。


 と、こんな感じでどこまでも楽しめますがゆえ、小説と映画、両方を読んで観て損はないはずです。

 映画公開は5月20日、あと1週間というのは小説を読むのに丁度いい期間です。皆様ぜひ、これを機会に、……無理のない範囲で。

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2022.4月に開店した夙川の古本屋さん 「ポラン堂古書店」を応援するために、 ひとりでに盛り上がってできたブログです。 ・ポラン堂古書店のおすすめ情報 ・ポラン堂古書店、 およびその店主が関わるイベントなどのレポート ・店主や仲間たちを巻き込む、読書好きの企画記事 ……などなどを毎週日・水ほか、で更新予定。 ちなみに店主とブログ主の関係は大学時代の先生と生徒なのでたびたび「先生」と呼びます。

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