雨のコーナー始めました
6月ですね。
6月と言えば、雨、に違いないです。
今こそということで、ポラン堂古書店の入口に、雨の登場する小説、雨にまつわる作品のコーナーができています。
雨の場面が印象的な作品、というしばりで先生(店主)とサポーターズで和気あいあいとした話し合いがありまして、作られたコーナーです。
よろしければ皆さまも思い浮かべてくだされば、ですが、わりと難しいです。映像ではなく、文章、文字として「雨」の印象が残るというのは相当なことだと思います。その中でも、あの描写に雨が降っていたな、と心に残る作品が並んでおりますのでぜひご覧ください。
先生の講座を受けた方にはおなじみの、アーサー・ビナード氏による「雨ニモマケズ」の翻訳絵本(絵:山本浩二さん)が目立ちますが、このブログでは3つほどその奥にある小説をピックアップします。
吉田篤弘『つむじ風食堂の夜』
私個人にとっても五本の指に入るほど大好きな作家、吉田篤弘さんですが、初めて読んだ作品は『つむじ風食堂の夜』でした。要するに落ちました。読んだ当時の感想を見ましたが、ころっと好きになってしまう、こんなの惚れるしかない、というような要領の得ないことばかりが書いてあり、よほどの出会いだったのだなと今でもにやけてしまいます。
吉田篤弘氏で雨といえば『レインコートを着た犬』ではと思う方、そうですよね、そうなんです。わかります。
ただ、タイトルにこそないのですが、『つむじ風食堂の夜』の主人公は月舟町という町で「人工降雨」の研究をしています。「子供のころから雨が好き」な主人公が、学生の頃にデートで格好をつけようとしたエピソードがありますが、そこで言った「すべて平等に雨が降っている」(彼女には不発でしたが)が後になればなかなか趣深い。この作品自体、タイトルの「つむじ風」が示すようにひとところにとどまることと、遠くへと思いをはせること、その共存を書いた作品であり、雨というのはそれらを構成する大事な一つです。
今作と『それからはスープことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』は<月舟町>三部作と呼ばれていますが、主人公はそれぞれなので単品で読んでも支障はありません。ただ、最後の『レインコートを着た犬』の「雨」と、『つむじ風食堂の夜』の「雨」はどこか繋がりをもって感じられます。広く平等に降る雨から一匹のレインコートを着た犬へと、拡大された視野から焦点が絞られていく巧さを味わっていただきたい。
ので、できれば順当に『つむじ風食堂の夜』からお読みください。
宮下奈都『静かな雨』
これまた五本の指に入る……大好きな作家さん、宮下奈都さんのデビュー作です。
最初は短編集から入り、有名作をいくつか読んだ後に手に取ったのが今作でした。
宮下奈都さんの描く、ささやかな日々を積み重ねていく恋人たち、のような物語が読みたいなぁと常日頃思っていた矢先、このデビュー作に気付いたのでした。
本屋大賞『羊と鋼の森』の印象もあって、優等生的な、美しい世界を描写する作家さんと思われがちですが、ファンとしてここが面白いと強く主張したいのは、いつも何かしら仕掛けのある作品を書かれているということなんです。
今作もただの恋人たちの日常ではありません。途中で一方が、記憶障害となり新しい記憶をとどめておけなくなってしまい、日が変わるごとに忘れてしまいます。
まるで『博士の愛した数式』じゃないか、という声、届いております。
ただね、途中で一方が、なんですよ。今まで積み重なっていたものが片一方だけ積み重ならなくなる、を描いている。静かな雨、というタイトルの価値も見えてきませんか。
実際、絶望的なストーリーではなく、穏やかに彼と彼女らしく生き方を選んでいきます。穏やかながらにところどころ胸に刺さる、素敵な一冊でございます。
王城夕紀『青の数学』
ライト文芸、キャラクター文芸のレーベルとして創刊された新潮nexですが、その中でも異色ともいえるでしょう、二頁にもわたる参考文献。著者の賢さ、まじめさを下地にしつつも、入り込みやすいキャラクターものとして、青春の熱さほとばしるジュブナイルとして楽しめるのだからすごい。
幼い頃の出会いをきっかけに数学にはまり、一度見ただけで数字を記憶できる特異な主人公が、数学で競い合う「E2」に挑むことになる。数字に強いだけだと数学はできない、必要なのは「論理」だと教えられ、強者として目覚めていく展開や、各キャラクターの戦術やクセを楽しめるほど緻密な数学の競技性、魅力を上げていくときりがないですが、何より、文系人間が憧れ、忌避する「数学」の面白さ、恐ろしさを、小説という我々のフィールドで展開してくれる有難さたるや……ですよ。
聞いたことがあるような無いような「フェルマーの最終予想」が証明されるまで、とか、「ゴールドバッハ予想」だとか、あの、数学の難問と呼ばれるものがそもそも何なのかさわりだけでも教えてもらえるのでお得です。
さて、テーマの雨ですが、表紙で傘が見えます。
序章を読む限り表紙のものは雪なんですが、なにせ青春、季節は春から真夏へゆき、雨は降るのです。しかもゲリラ豪雨。序章の雪とも符合するようで、その場面の会話も含め印象的なところです。
ということで、雨のコーナーの3冊を紹介しました。
コーナーの写真を見ると、これは雨なのか、と疑問に思われる作品もあるかもしれません。その疑問すら、本を開くきっかけにしていただければと選んだ経緯があります。
例えば『それから』は私が一番好きな夏目漱石作品ですが、ある雨の降る場面の描写が心の残りすぎていて、どうか置いてくださいと先生に頼み、置いてもらっています。
夏目漱石の回は、このブログの中でいつかやりたいと思っているので今はまだあまり語りませんが、よろしかったらぜひそちらも手に取っていただきたいです。
(今回から本のタイトルを記事タイトルとしてお借りする手法をやめ、シンプルにしてみました。いつか記事を探していただくことがあればこちらのほうがわかりやすいと思いまして。今後ともよろしくお願いします。)
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