本読みが楽しい比喩5選 part.1

 6月に入りましたね。

 6月と言えば、雨、ですけれど、雨というのは多く文学的表現に使われていますよね。使われていると思うんです、きっと。ということで、雨などそれほど関係なく以前からやりたかった、小説の中から見つける厳選比喩5選をやってみたいと思います。

 たとえてたとえまくる物書きの方々の見事な表現技法の紹介です。

 では、どうぞ。


宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』


 それにどうしてもぴたっと外の楽器と合わないもなあ。いつでもきみだけとけた靴のひもを引きずってみんなのあとをついてあるくようなんだ、困るよ、しっかりしてくれないとねえ。


 右も左も比喩だらけのような宮沢賢治さんなので、このゴーシュを叱る楽長もまた、なかなか巧みな比喩製造機でいらっしゃいます。

 頼りなく、おぼつかなく、どうにか演奏についてきているというゴーシュの技術が読者に伝わる他、実はゴーシュの抱える楽器側のぼろさもちゃんと指摘できているのが素晴らしい。

 関係はないですけど、ゴーシュが叱られるたび「気の毒そうにしてわざとじぶんの譜をのぞき込んだりじぶんの楽器をはじいて見たりして」いる楽手たちがリアルでいいんですよね。みんな優しいというよりか、私でもそうしますね。明日は我が身と思いながら。


塩田武士『罪の声』


弱った歯茎から歯が抜けるようにビルや店が消えていった。


 バブル期には瀟洒ビルが並び、おしゃれな街の代表格としてタウン誌を飾っていたが、という内容の文章から続く映像的で文学的な表現。

 主人公の一人の店がある街の描写ですが、ただ物悲しいというだけではない。ビルや店が消えていった、だけではなく、老朽化したような街全体の空気、一気になくなったのとは違い一本ずつ点々となくなっていくような切なさなど、適格な言葉選びがされている、さりげないですが見事な比喩だと思います。


津村記久子『ディス・イズ・ザ・デイ』


ブラウザがもじもじと情報を探している間


 ネット検索の擬音って確かに、スパッとか、ビビッではないですよね。

 確かに、もじもじ、だと当時声を上げてメモをしました。確かにだと。ブラウザ側の待機(一昔前だと砂時計、今はクルクルと言いますでしょうか)の鈍さを表すだけでなく、端末側の擬人法なので、液晶の、下げた眉を困り顔のようなものも思い浮かんでしまいます。

 もじもじ探している。まさに。

 検索画面に優しくなれました。可愛い比喩です。



村上春樹『ノルウェイの森』下


「すごく可愛いよ、ミドリ」
「すごくってどのくらい?」
「山が崩れて海が干上がるくらい可愛い」


 比喩の名手、村上春樹氏の名前を挙げて、これかい、と思われてしまうかもしれない。 

 いや彼の本気がこれとは思っておりません。とにかく力の抜けた比喩なんですよね。「なんだっていいから気持ちよくなるようなことを言って」とミドリに請われて、飄々と、ちょっとの間もあけず、ノリで、適当に返している。

 よく噛み砕いてみれば山は「崩れて」いるし、海は「干上が」っているわけで、それって本当に「可愛い」? という疑問も笑いどころだったり。

 ただ、一瞬で、適当に返してこの語彙とセンス、そりゃこの男はモテるだろうなぁとは思います。ほんとに。


レイ・ブラットベリ『華氏451度』


 となりの家に本が一冊あれば、それは弾をこめた鉄砲があるのとおなじことなんだ。そんなものは焼き払え。弾丸を抜き取ってしまえ。心の城壁をぶち破れ。本読みの心がつぎに誰を標的にすると思う? おれ? 考えていたら一分と耐えられんね。


 言わずと知れた、本が禁制品となった未来を描くディストピア小説ですね。

 上記は本を燃やし処分する側だった主人公の上司、ベイティー隊長の言葉ですが、読んでいただいてわかる通り、彼が最も本の価値をわかっているのではないか、というのが読んだ当時の私の解釈でした。「畏れる」という言葉に「畏怖」と「畏敬」が過るように彼はあまりにも逆説的に審理を説いていた。

 ……という作品の内容はさておいて、比喩の話です。

 鉄砲にたとえる比喩は珍しくないように思います。ただ、本読みが誰かや何かを標的とするという表現、格好いいし、面白いですよね。この物語においては知性を畏れている台詞と解釈できるかもしれませんが、鋭い感性、なんて言い方もよくします。

 本読みは豊かな知性を養いつつも、鋭い感性を育てている。そうした複合的な存在として本読みを、ベイティー隊長は畏れていたのかもしれません。


 学生時代、先生(ポラン堂古書店、店主)から良い比喩を見つけてくるようにと宿題を出されたことがありました。私はどうにかして比喩を探し、提出に間に合わせましたが、今となってみるともっと楽しい宿題だったのにな、とあの頃たくさんの課題の一つとして処理した自分を後悔しています。それこそ、長年、比喩や良い表現があればメモを残して溜めておくくらいには。

 ですからまた、今回part.1とタイトルにつけたようにまた、こうしてやってみたいと思います。比喩集めは今後もますます、続けていきたい所存です。

 皆さんもやってみると楽しいので、ぜひ、です。


ポラン堂古書店サポーター日誌

2022.4月に開店した夙川の古本屋さん 「ポラン堂古書店」を応援するために、 ひとりでに盛り上がってできたブログです。 ・ポラン堂古書店のおすすめ情報 ・ポラン堂古書店、 およびその店主が関わるイベントなどのレポート ・店主や仲間たちを巻き込む、読書好きの企画記事 ……などなどを毎週日・水ほか、で更新予定。 ちなみに店主とブログ主の関係は大学時代の先生と生徒なのでたびたび「先生」と呼びます。

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