怪人二十面相 ~香椎さん編~

 こんばんは。全国あらゆるところで30度越えの真夏日だったそうで、5月で真夏日……?と、何やら世界の様相が怪しまれるようなおぞましさを感じますが、どうでしょう。

 怪しく、おぞましい作家さんと言えば、江戸川乱歩さんじゃないでしょうか。

 なんだそのイメージは、浅はかな、と思われた方、さすがです。お察しの通り、たった数冊しか乱歩作品を読んでいない私なんぞにかわりまして本日は、ポラン堂サポーターズ屈指の乱歩ファン、「携帯電話に電子で全集が入っているので」とさらっと仰り私や先生(ポラン堂店主)をびっくりさせた我らが香椎さんに、この場をお願いしたいと思います。

 彼女が作った乱歩棚もポラン堂古書店にございます。この記事を読んでいただいて、ぜひお越しくださればと思います。

 では香椎さん、どうぞです。


江戸川乱歩作品、今から読むなら?


 はじめまして。ご紹介に預かりました香椎です。

 360度宮沢賢治のポラン堂さまにて、異様異質な江戸川乱歩棚の作成に携わらせていただきました。


 江戸川乱歩は明治の終わりから、戦後にかけて活躍した作家です。

 怪奇幻想の作品や、探偵小説、ミステリを中心に執筆し、明智小五郎、少年探偵団、怪人二十面相は聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。


 まだまだ浅学ではございますが、「今から乱歩を読むなら?」をテーマに、乱歩作品についてざっくり解説させていただきます。


 まず、乱歩の小説全体をざっくり3つに分けることができます。


 1つ目は、明智小五郎が登場する作品です。


 短編・中編・長編とさまざまな作品がありますが、主に探偵として駆け出しの頃を描いたのが短編。

 名探偵として有名になった頃が中・長編となります。


 短編で有名なのが、明智初登場作の「D坂の殺人事件」や、乱歩作品に度々登場する「退屈の病」について描いた「屋根裏の散歩者」があります。個人的おすすめは、さらっと読める「幽霊」です。


 中・長編で有名なのが、女怪盗・黒蜥蜴が登場する「黒蜥蜴」「湖畔亭事件」です。

 天知茂・北大路欣也などが明智小五郎を演じた「江戸川乱歩の美女シリーズ」などの2時間ドラマの原案として、多くの作品が取り扱われています。

 読み応えのある本格的なミステリで、近代文学の中では現代の文化と近しいため、予備知識なしで楽しめます。


 明智小五郎を中心に読むなら、集英社文庫の「明智小五郎事件簿」シリーズがおすすめです。

 明智の活躍を時系列順で追うことができます。すべて独立した作品ですので、気になった巻から手にとってみてください。

 また、短編はさまざまな短編集に収録されているので、そちらから入るのもおすすめです。


 2つ目は、少年探偵団シリーズです。


 主に戦後に書かれた児童文学シリーズで、明智小五郎と少年探偵団が怪人二十面相に立ち向かいます。学校の図書館で読まれた方も多いのではないでしょうか。

 健気な少年探偵団たちと、何度失敗してもめげない二十面相が大変可愛らしいシリーズです。


 少年探偵団シリーズといえば、ポプラ社発行の表紙絵が少々不気味な単行本が図書館にあるイメージですが、現在は青い鳥文庫などで可愛らしいアニメ絵表紙のものが刊行されたり、新潮文庫nexにて美麗な表紙イラストのものが刊行されたりしています。

 

 個人的に、特に注目して読んでいただきたいのが、一作目「怪人二十面相」で登場する羽柴壮一くんです。

 彼は自分の家が二十面相に狙われているにもかかわらず、なんとか自分たちで解決しよう!と小林少年を中心に少年探偵団を結成します。小林少年をよく慕っている可愛らしい少年です。

 現在乱歩棚に置いていますので、興味があればお手にとってみてください。


 最後は、怪奇幻想ものの作品です。


 ほとんどが短編ですが、読み応えのあるものが非常に多いです。

 

 エロ・グロ・ナンセンスの言葉の通り、人間の本能欲望愛憎等々が煮凝りのように文章に凝縮された作品たちです。

 秘密の集会で殺人の告白をする「赤い部屋」や、とある孤島で楽園を創り出す「パノラマ島奇譚」など、「読むと眠れなくなる」と定評のあることで有名です。


 中でも「眠れなくなる」の筆頭が「芋虫」

 戦争で両手両足を失い、目鼻喉が潰れた夫・須永中尉の世話をする妻・時子のお話です。

 口もきけない夫の、何かを訴えるような目を見ていると、時子は妙な情欲が沸々と湧き上がってきて…。


 最後が衝撃的で一度読んだら忘れられないと評判ですが、私も大学受験前に読むんじゃなかったと後悔した作品です。


 そしてここでもう一つ語っておきたいのが、乱歩の隠れた名作とも言われる「孤島の鬼」です。

 短編が多い中で珍しい長編小説なのですが、金塊の在処を突き止める冒険小説と並行して、主人公・箕浦と旧友・諸戸道雄による儚い恋愛小説が繰り広げられます。

 男色研究家でもあった乱歩が、研究の成果を結集して、壮大な恋愛ドラマを描き切ります。


 私は実は、本を読むのがあまり得意ではありません。最後まで読みきれずに、道半ばな本が自宅の本棚にたくさん並んでいます。しかし、本作「孤島の鬼」は、そんな私でも、夏休みに丸二日かけて最後まで駆け抜け、たまに思い出して何度も読み返すといった、なんとも読書家らしい体験をさせてくれた作品です。


 最後の一文で悶絶する方がきっとおられると思いますので、見かけた際は手に取ってみてください。

 

 色々おすすめしてまいりましたが「結局なにを読めばいいんだ」と思われた方は、短編集から入ってみてください。

 何かしら爪痕を残す作品があると思います。私も最初に読んだのは、新潮社文庫の「江戸川乱歩傑作選」でした。


 前記の通り、私は本を読むのが苦手で、物語に触れる際はアニメや漫画からでした。高校生の時に出会ったのが「乱歩奇譚-Game of Laplace-」です。

 本作は乱歩没後50年作品で、乱歩作品が原案のTVアニメです。

 この手の作品としては珍しく「名前を借りただけじゃない登場人物」が活躍するお話だったのですが、作品の詳細は省略します。

 このアニメに非常にハマり、傑作選を手に取ったのですが、さらに乱歩の世界へ堕ちることになったのは「二癈人」がきっかけでした。


 湯治に訪れた温泉宿で知り合った井原と斎藤。初対面なのに不思議と意気投合した二人ですが、ある時井原は夢遊病を患っていた過去について語り始めます。

 眠っている間に友人の部屋に押しかけたり、物品を持ち去ったり、どんどん重症になっていく中で、とある事件が起こります。

 それを聞いて、斎藤は事件について自論を展開しますが、その斎藤の一言によって、物語の意味が大きく変化していきます。


 夢遊病と闘う井原の心理描写も魅力的ですが、最後に斎藤が言葉を発するたびに動悸が止まらなくなります。最後まで読むと斎藤の半生も気になるのも魅力の一つです。


 乱歩の魅力の一つに、短編で非常に衝撃的で面白い作品がたくさんあることが挙げられると思います。近代文学の中でも後の時代の作家ということもあり、比較的読みやすい文章でもありますので、「何か読んでみたいけど、長編はしんどい」という方は、ぜひ短編集を一冊手に取ってみてください。


 最後にこのようなことを申すのも忍びないのですが、正直なところ乱歩は万人受けする作品ではありません。

 教科書には載らず、未だ便覧止まりなのがその所以です。


 爽やかな青春恋愛もの、ハッピーエンドが好きな方はあまりお好きでないかもしれません。

(全くない訳ではないので、よろしければ「一人二役」を読んでください)


 例えるならば、リボンの騎士や鉄腕アトムより、火の鳥やブラックジャックが好き、少年ジャンプより、SQやヤングジャンプが好き、

スーパーマンよりバットマンが好き、といった方はお好きなのではないでしょうか。(個人の意見です)


 道徳や倫理観は全くありませんが、本来ならば他人には決して見せない邪な部分を多く取り扱っています。

 普通に生きていては絶対に遭遇することのできない狂気の世界を味わってみてください。


 ブログ主のあひるに戻ります。香椎さんありがとうございました。

 確かに江戸川乱歩は、私も大学生のときに初読だったと思うんですが、その読みやすさに驚いたことがあります。現代と大差ない文体もそうですが、何より驚いたりぞっとしたり、雰囲気が胸に沁みたり、作者の意図通りの世界に没入しやすかった。読者が応えやすい、というのがあるかもしれません。それこそ巧さですし、約百年前から読者の心をつかむコツを心得ていた天才なんだと思います。

 あと「乱歩奇譚」、いいですね。今回のお題を香椎さんに託してから、懐かしく思ってOPやEDをにやにやと流していてたんですが、amazarasiの「スピードと摩擦」の一番をそらで暗唱できる自分に驚きました。鼻歌を暗唱というのもどうだ、という感じですが。amazarasiさん、宮沢賢治作品を意識した楽曲もあって先生も好きなロックバンドです。

 いや、脇道に逸れるばかりか、記事を締めれなくなるところでした。

 そんな江戸川乱歩の世界、皆さんに味わっていただきたいと言いつつも、私自身まだまだなのでもっと読まねばです。

ポラン堂古書店サポーター日誌

2022.4月に開店した夙川の古本屋さん 「ポラン堂古書店」を応援するために、 ひとりでに盛り上がってできたブログです。 ・ポラン堂古書店のおすすめ情報 ・ポラン堂古書店、 およびその店主が関わるイベントなどのレポート ・店主や仲間たちを巻き込む、読書好きの企画記事 ……などなどを毎週日・水ほか、で更新予定。 ちなみに店主とブログ主の関係は大学時代の先生と生徒なのでたびたび「先生」と呼びます。

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