銀河鉄道の夜ばかり

 こんにちは。

 七夕の前日でございますね。

 織姫と彦星は今頃、明日に備えてそれぞれ駅近の東横インに前乗りをしているかもしれません。どうか朝食バイキングはゆったり楽しんでほしいですね。

 なんて話はさておき、本日は、ついに、

 ポラン堂古書店のメインと言ってもいい、

 こちらの棚をご紹介。

 お分かりになりますでしょうか。

 こちらの棚、「銀河鉄道の夜」一色でございます。


 ポラン堂古書店には、何度かこのブログでも触れましたように、店主が宮沢賢治の研究者であることもあり、宮沢賢治コーナーの棚が三つ並んでおります。

 その棚の一つが今回紹介したい「銀河鉄道の夜」ばかりの棚です。

 最初この棚に気付いたとき、すごい、面白いですねえと先生(店主)に感想をお伝えしたところ、ぜんぶ違いを説明できるからね、とさらに面白いことを言われました。

 それはききたい。そしていつか記事にしたい、とふつふつと野心をため込んでいた私は今回「七夕ですし、ミルキーウェイなんで、ブログで『銀河鉄道の夜』特集をしたいです」と切り出すことに成功しました。

 先生からは、「『銀河鉄道の夜』は秋の話だけどね」と一旦冷静に返されましたが(「ああ、りんどうが咲いている。すっかり秋だねえ」など秋だとそのまま言っている表現は作中にちらほらあるのです。)、ちょうど好評に好評を重ねている夙川公民館の宮沢賢治講座、「宮沢賢治の世界」が明日最終回を迎えるというのもあり、その最後の題材が「銀河鉄道の夜」というのもあり、いい機会なのでやりましょうとおおらかにお返事をもらえたわけでございます。


 ということで、今回は「どれも同じに見える『銀河鉄道の夜』の違い」について先生(ポラン堂古書店の店主)に取材をして参りまして、そちらを記事に致しました。

 あくまでも本の紹介でございますので、まだ「銀河鉄道の夜」を読んでいないという方にも楽しんでいただける記事にしたいつもりですが、およそ一般的な知識と判断したあらすじや、ネタバレは挟んでしまうかもしれません。ご承知くださいませ。

 まず、それぞれの本の違いを説明する上で、前提として先生が触れられたのは、

 解説を担当する人、すなわち編者が違う、ということです。


 「銀河鉄道の夜」は中編小説です。写真にあります『銀河鉄道の夜』の本たちには、「銀河鉄道の夜」以外に宮沢賢治の短編が収録されています。

 収録短編が違う、というのがまずわかりやすい違いです。


 まず写真のセンターで「絵・市川春子」のカバーで目立っておりますもの、と、その下に重なってしまっております一冊。ポプラ社の新書版ですが、ともに解説を堀尾青史さんが担当しています。

 元々は紙芝居作家さんでしたが、児童文学作家となり、宮沢賢治の研究者となった経歴を持つ方で、宮沢賢治研究者には必読とも言われる『年譜宮沢賢治伝』(図書新聞社、のち中公文庫)の著者でもあります。

 そんな堀尾さんが編者となっているポプラ社の新書版(現レーベル:ポプラポケット文庫)は、写真には見えませんが帯に小学6年生向けと書いており、字も大きくとても読みやすい本になっています。そして、収録作。先生は目次にある短編の並びを見ながら「ぜんぶ天(空)が関係ある」と仰いました。

 「おきなぐさ」には空に憧れるひばり、「めくらぶどうと虹」には虹に憧れ空にいきたいめくらぶどうが登場し、あとは「双子の星」、「ひかりの素足」にも空、そして死をイメージさせる要素がある。そういったこだわり、テーマの見える一冊です。

(市川春子さんのカバーについては、先生のお気に入りの為お売りしておりません。)


 左上、松本テマリさん装画・櫻井孝宏さん朗読の海王社文庫の下に隠れてしまっております、福武書店の1987年出版のものは、(この写真では隠れてしまい申し訳ない)佐藤国男さん木版画が表紙となっています。そして解説、編者が生野幸吉さん。

 ドイツ文学者であり、高村光太郎賞の受賞歴もある詩人の方ですが、宮沢賢治のファンの方でもいらっしゃいます。そしてこの福武書店版の収録作、ここには「永訣の朝」「松の針」「無声慟哭」が選ばれています。

 なるほど詩人だからか、と顔を上げると、先生は「明らかに繋げているね、トシの死を」と仰いました。確かに三編とも妹・トシの死についての詩、その最後に「銀河鉄道の夜」です。

 「銀河鉄道の夜」におけるカムパネルラのモデル問題。

 以前に5/17公開のブログ「蠕虫舞手」(アンネリダタンツエーリン、と読むのですよ)の回で、カムパネルラは保阪嘉内さん説について少し取り上げましたが、その他説、カムパネルラは妹のトシ説です。先生はモデルが誰とか断定できるものじゃない説の方なので、一歩引いてその論争を眺めている様子ですが、確かに生野さんは、この本以外の、佐藤国男さんの木版画の絵本版『銀河鉄道の夜』にも同じように、トシと銀河鉄道の夜の関係性について寄稿しています。なんというか、トシ推しの方です。


 他にも生野さんの名前があるのが写真の中の右下、飯野和好さんの、個性的なふっくらした人物のイラストが特徴の角川文庫版です。ただ解説は宮沢賢治研究者の小倉豊文さん。賢治の手帳研究者だそうですが、ともかくこの一冊に選ばれている収録作品が個性的で、文庫裏のあらすじのところにもあるのですが「銀河鉄道の夜」も含め全て生前未発表作品を詰合せとなっています。

 宮沢賢治が生前『注文の多い料理店』と『春と修羅』しか(自費)出版をしていなかったのは有名な話ですが、それ以外にも「グスコーブドリの伝記」は雑誌「児童文学」に、「やまなし」は「岩手日報」に、「雪わたり」は「愛國婦人」(お母さんのとっていた、あと寄付もしていた雑誌)に、など全体に比べるとわずかですが発表されていました。しかし多くは家にあっただけの生原稿。書きかけだったものや、直しをいれようとした形跡があるものもあるわけで、賢治の気持ちになるとなかなか、……なかなか落ち着いてられないですよね。


 他にも右上の、漫画『テガミバチ』で知られる浅田弘幸さんの綺麗なイラストが目立つ集英社版。そこに重なっている「銀河」しか見えないものも集英社版ですが、解説・中村文昭さんのわりと有名作の多いチョイス以外に「鑑賞」ということで、あの武田鉄矢さんの文章が載っていることも特徴です。金八先生でお馴染みの俳優さんですが、日本テレビ「世界一受けたい授業」で、宮沢賢治の授業をしたこともある、宮沢賢治ファンとして有名な方なのです。


 右側、真ん中より少し上にある、ますむらひろしさんの猫のイラストが特徴的な新潮文庫版。ますむらひろしさんと言えば、映画『銀河鉄道の夜』『グスコーブドリの伝記』の猫のイラストが有名ですが、主要人物を猫にしてもいい、という判断ができるほどに、宮沢賢治作品を読み込み、造詣が深い方でいらっしゃいます。そして解説が巽聖歌さん、太宰治よりも先に生まれていらっしゃるくらいの、児童文学者の方です。思わず先生も、奥付から1961年出版を確認し、驚かれたほど。上の写真にある中だと一番古いものとなります。

 ちなみにポラン堂古書店の由来でもある、「ポラーノの広場」の改訂前、「ポランの広場」が、戯曲ではありますが収録されている珍しい一冊でもあります。

 現在の新潮文庫版は、宮沢賢治研究者の先生が信頼してやまない、天沢退二郎さんの解説となっています。この「銀河鉄道の夜」棚に並んでいたこともあったのですが、既にもらわれて行ってしまった模様です。先生がどれか一つをおすすめするなら、その新潮文庫版だったということかもしれません。


 ポラン堂古書店に置いていない出版社のものがある、と先生は仰いました。

 それが、岩波文庫版です。学術的価値として本を扱うことにおいては、読書家たちの信頼も熱い出版社ですが、こと「銀河鉄道の夜」についてはクセがすごいのでございます。


 まず「銀河鉄道の夜」は未発表作品です。賢治が何度も書き直し、積みあがった生原稿をのちに研究者たちが正しく並べ、一つの作品にしたのです。

 現在本屋で流通しているものの多くが第四次稿と言われるものです。第一、第二はほとんど現存していない為、第三次稿が初期稿とも言われます。

 先生はじめ宮沢賢治研究者の信頼が最も熱い筑摩書房、『宮沢賢治全集』には、有名な四次稿に加え、「異稿」として三次稿、さらに四次稿が組み立てられるまでのプロセス、天沢退二郎さんたちが行った、あまりに科学的な賢治の使用した文房具などのチェック表まで収録されています。また、写真にもあります左下の、唯一『ポラーノの広場』が題となっている新潮文庫版は天沢退二郎さんが解説ですが、「銀河鉄道の夜(初期形第三次稿)」という名前で、その三次稿が収録されているのです。

 三次稿では有名な冒頭「ではみなさんは、そういうふうに川だと言いわれたり、乳の流れたあとだと言われたりしていた、このぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか」と先生が訊ねる教室のシーンはなく、ジョバンニとカムパネルラは元々親友などでもなく、ブルカニロ博士という謎の人物が登場し、結末も異なるのです。

 研究者の科学的調査もあって賢治はこの三次稿を没案にしたことが明らかにされ、現在のように四次稿が流通した経緯があります。


 しかし、岩波文庫版はすなわち三次・四次稿がまぜこぜになった初期編集版。

 山のような生原稿を何とか並べ、目が覚めるシーンも二回あるなどまとまりがないことに加え、最後の数行が、賢治直筆の生原稿のどこにも存在しない文章になってます。その点が、注釈もなくそのまま採用されている、というのが賢治研究者たる先生が岩波文庫版「銀河鉄道の夜」をおけない理由です。

 解説は谷川徹三さん。詩人の谷川俊太郎さんのお父さまで、もうお亡くなりの方でいらっしゃいます。一言、ちょっと直しましょうよ、と谷川さんが言ってくれればと、先生は嘆息を繰り返しているようです。

 ただそういった話も含めて面白いとお伝えすると、確かに、そういった注釈ありで岩波文庫版をおいてみるのも楽しいかもしれないと、先生も笑っていらっしゃいました。


 ということで、すごく充実した有意義な時間でした。

 各出版社ごとの違いに加え、出版された時代が違うなどもあったので、現在では絶版のものも多く、そのレア加減も楽しめる棚となっているのだとわかりました。

 また、収録短編の組合せなどは、ひと作品ずつの電子書籍だとなかなか味わえないものです。解説などの文章、イラストなどもしかりですよね。

 「銀河鉄道の夜」が好きな方、家におくならどの本か、など、こだわってみるのはいかがでしょうか。「銀河鉄道の夜」をまだお読みでない方、自らの読書へのモチベーションを上げる一冊を選んでみませんか。


 そんな具合で、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の棚、<文豪猫>シリーズのカプセルトイから「ミニャザワ」も来ていることですし、ぜひお時間と場所の都合が合いましたら、お立ち寄りくださいませ。

ポラン堂古書店サポーター日誌

2022.4月に開店した夙川の古本屋さん 「ポラン堂古書店」を応援するために、 ひとりでに盛り上がってできたブログです。 ・ポラン堂古書店のおすすめ情報 ・ポラン堂古書店、 およびその店主が関わるイベントなどのレポート ・店主や仲間たちを巻き込む、読書好きの企画記事 ……などなどを毎週日・水ほか、で更新予定。 ちなみに店主とブログ主の関係は大学時代の先生と生徒なのでたびたび「先生」と呼びます。

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