山の日だから山の字のある作家さん特集
こんにちは。
明日8/11は山の日ですけれど、どうですか。
山はお好きでしょうか、いかがでしょう。
もちろんこのブログの記事も山に敬意をはらい、山に存分にあやかりたいところなんですが、山舞台の……と考えたところで不意に耳元でささやく声がございまして、その声に導かれるまま、ちょっと工夫を凝らした特集をやってみたいと思います。
すなわち、「山」という字の入る作家さん特集です。
考えるだけで楽しいぞとなりませんか。
どなたの作品を紹介しようかとわくわく考えまして、この機会にいくつか拝読もいたしまして、勝手に選んだ3作を、ご紹介させていただければです。
山内マリコ『選んだ孤独はよい孤独』
もし2018年小説タイトルアワードなんてものが開催されていれば、栄えあるグランプリは間違いなかったでしょう、いつ見ても息を呑むすばらしいタイトルです。
そんなアワードがあってしまえば(知らないだけであるかもしれませんが)、山内マリコさんはデビュー作『ここは退屈迎えに来て』で大型新人として受賞、出版するたびにタイトルアワード優勝候補だと注目されていたかもしれない。そんな凄いタイトルセンス、ともう一つ、特筆すべきポイントがあります。
それがジェンダーについての鋭さ、それをフィクションとして昇華させる技術です。
『選んだ孤独はよい孤独』は全22編の短編集ですが、全て男性が主人公です(単行本だと19編、文庫版で3編足されます)。そして彼らは皆、生きづらさを抱えている。それはもう読んでいて、目に涙を浮かべてしまうくらいなんですが、何せ短く、テンポがよく、切れ味が鋭い為、逆に楽しくなってきてしまう……。あいつなんで二回もぶたれる必要があったんだとか理不尽に思いながら、ちょっと笑ってしまう……。残酷な人間ですよ私は。でも作者がそういう意図をもって次々と繰り出しているんだもの。
実際に真剣に考える余白も充分にあります。たった一頁で終わる、両開きすら必要がないほど短い、「ミュージシャンになってくれた方がよかった」という作品がありますが、読み終わったら、くーとか、あーとか言いながら机に突っ伏したくなる。
見せ方としても作品の出来としても至高なのが「ぼくは仕事ができない」。ちょっと説明できない仕掛けがあります。
そして読後感がすばらしいのが「おれが逃がしてやる」(タイトルから「」付)。たぶん一番人気なんじゃないかと。
とにかく新しい感覚に出会えると思います。ぜひご一読を。
山崎ナオコーラ『長い終わりが始まる』
これまた良いタイトルですね。アニメの一話のベタなタイトルとして「終わりの始まり」というフレーズがいろんな作品でもじられていますけれど、その対極的な意味なのかもしれないと、ちょっと思います。
「終わり出してからが長いんだよ」と、ある曲の楽譜を見ながら主人公の想い人・田中が口にします。終わるよ終わるよって雰囲気を出しながら、全然終わらないオーケストラの曲についてです。それを聞いた主人公・小笠原が、「終わり出してから長い」というフレーズを気に入るという場面で、序盤ではありますが、タイトルは一度回収されます。
主人公・小笠原はマンドリンサークルの練習に打ち込む大学四年生。就職活動に精を出すなんてこともなくひたすら自身の技術の向上とサークル内のあれやこれやに勤しみます。自分の思う合理性をもって人間関係を突き進む小笠原は協調性がなく、技術はあってもサークル内の役職は与えられません。そんな彼女でも、自身の技術を高く買ってくれるコンマス(コンサートマスター)の田中には想いを寄せ、彼に見てほしいという欲を持っています。
「終わり出してからが長い」、という意味のタイトルは幾重にもわたり彼女に訪れます。例えば想い人と関係を持った時やサークルの卒演をボイコットしたとき、ここで終わりと思ったところがだらだらと続き、まだ終わらない。いつが終わりかわからない。全編が大学四年生というところも、青春の最後のだらだらが沁みわたっていて良いんですよね。
さすが、山崎ナオコ―ラさんというべきは筆致があまりにも軽やかで読みやすいところ。ナオコ―ラさんの作品の主人公はそれほど賢かったり高潔な人ではない。どこにでもいそうで、それでもふとした気付きが、本当にすぐそこにあったかのように身近なんだけど、それでもその主人公にしかできない気付きなのです。大事なはずの想い人の名前が「田中」なのもナオコ―ラさんらしいクールさというか。いや、全国の田中さんには他意はなくですけれど。
サークルの青春もたくさんのあるあるが詰まっていて、どうしたところで読みやすいです。皆さまもぜひ。
高山羽根子『首里の馬』
2020年、芥川賞受賞作です。
実はこのブログ、未熟ながらも幅広い作品を紹介させていただきたく、あまり同じ作家さんを紹介することはないのですが、高山羽根子さんはまごうことなき2作目です。先月の幻想SFの回にて『うどん キツネつきの』(の中の「巨きなものの還る場所」)を紹介しました。そう、高山羽根子さんはSF作家さんです。
実際2009年に創元SF短編賞を受賞し、のちに受賞作を表題にした『うどん キツネつきの』が2014年刊行、その後にも幾作かあり、2020年芥川賞となります。芥川賞といえば文芸誌掲載の短編~中編からの選出ですので、「新人作家」の賞と思われがちですが、本当に、まったく新人の風格ではない受賞作となっています。
そして芥川賞だからと作風が変わる印象も受けません。私からすればこの作品もまたSFに思えます。それもとても広大な。
年老いた女性が一人集めた資料を保管する沖縄の資料館に主人公は十年通い、自身で編み出したやり方で資料の整理をしています。そこに給料などはなく、別の仕事として、一人スタジオと呼ばれる職場に行き、通信で繋がる相手にクイズを出題する業務についています。そんな彼女の家の庭に、台風のよる、茶色のもふもふした大きな動物が迷い込んできます。
……どういう物語なのか、わからないはずです。
最初は投げられてくる情報をただ受け止めるような読書になりますが、その受け止める行為も含め点と点が、徐々にテーマらしき実像を結び始めます。テーマを見つけ出すことがこの作品を読む醍醐味というか感動と、読者として思いますので、これ以上はお伝えしません。ただ不器用ながらに彼女の育んでいく人間関係もまた良い。日本語の堪能な通信相手、クイズの解答者ですが、彼ら3人との対話が私はとても好きです。ぜひ、良質な読書を味わってみてほしいです。
という感じで三作、お三方を紹介致しました。
皆様なら「山」がつくと聞いてどなたを思い浮かべたでしょうか。苗字の手前でも後でも、何なら名前のほうでも問題ありません。このお題、考えるだけでも楽しいので、どうぞ時間の空いた隙にお試しいただきたいです。ちなみに川の日は7/7だそうですね、過ぎてしまってから気付き、本当に悔しい。
こうしてかこつけて、好きな作品を紹介したいだけの私です。上記にあげた作品の中にはポラン堂古書店にあるものもございます。場所と時間の都合が合いましたらポラン堂古書店でも、お近くの本屋でも、探してみていただければ嬉しいです。
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