タイトルに雪のある小説特集
こんにちは。
冬本番となってきました。しかし本日の題、「雪」はまだ早いのではと思われてしまいましたでしょうか。
ただ雪はすぐそこです。もう降っているところもあるかもしれません。
11月に発刊された、ミスターロマンチックの早瀬耕さんの最新作において、「初雪はわかりやすいけれど、終雪は七月三十一日まで確定しない」という文章がありまして、要するに初めは「これが初めて」とわかるのに、終わりはだいぶ後になって「あれが終わりだったんだな」とわかるという意味のことなんですが(なんの喩えかなんて言うと野暮だと思うので控えます)、なかなかいい表現だなと思ったのと同時に、単純にも雪が待ち遠しい気持ちになりまして、今回の記事を書いています。
雪。意味を持ちすぎている言葉の一つですけれど、皆さまにはどんなイメージがありますでしょうか。なかなか神秘的な3作で参りますので、今回もお暇があれば、お付き合いくださいませ。
江國香織『雪だるまの雪子ちゃん』
童話から恋愛小説まで、幅広い作品でお馴染みの江國香織さんの作品です。
「銅版画 山本容子」さんとありますように、ただの文庫ではなく、カラーの挿絵がついた可愛らしい一冊となっています。
主人公の雪子ちゃんは「野生の雪だるま」です。つまり、人に作られて魂をもった、などではなく、ひとりでに生まれ、生きている野生動物なのです。表紙の画像にもタイトルの横にちらりといるのが見えますでしょうか。それが雪子ちゃんです。
雪子ちゃんは野生の雪だるまであることを誇りに思っていて、自分で家を探し、ひとりで暮らしています。といっても百合子さんというおばあちゃんの家の物置小屋に住みついているのですが、百合子さんとはとても良い友人関係で、どちらかが面倒を見たり世話を焼いたりというものではありません。百合子さんの恋人にたるさんという人がいて、その人も、雪子ちゃんを雪子と呼び、親しい仲です。百合子さんとたるさんは各々に別の家族がいて、それぞれで生きてきたんだろうなあというのが察せられるのですが、互いを大事にしている良い二人です。
と、まぁ雪子ちゃんの生活やその周辺を紹介しすぎてしまうと楽しみが半減してしまうのでこの辺りで控えます。何を食べるのか、暖房などは大丈夫なのか、夏はどうするのか、気になりながら読み進めるのが面白いのです。
童話風のまったりした話と紹介してしまうこともできるのですが、何せ、解説が多和田葉子さん。この物語にある旨味や核心を見事に捉えているんですけれど、確かに考えるところの多い作品なのです。
まず「野生の雪だるま」ですよ。
最初、子どもが作った雪だるまを初めて見た雪ちゃんがびっくりする描写から始まるのですが、それもどこかシンボリックというか、ともかく最初から最後まで大人が読みながら唸ってしまう見事な作品です。
ポール・ギャリコ『雪のひとひら』
毎年冬の本の定番として並ぶ、新潮文庫のロングセラーの一つだと思いますが、今回はハードカバー版についてご紹介です。
まず、『雪のひとひら』という作品ですが、主人公は「雪のひとひら」です。
『YAWARA!』や『NARUTO』と同じですね。
雪のひとひらが空からふるところから、村の外れの山裾の原っぱにふうわりと降り立つところから、この物語は始まります。擬人化して書いてはありますが、決して自分から動けるわけでも、人間と話ができるわけでもありません。ただ子どもの橇にひかれたり、雪だるまに組み込まれたり、慌ただしい村での日々を過ごしますが、やがて川の流れによって猛烈な勢いで丘を下り始めるのです。雪解け水、というわけですね。
私の持つ本には「雪のひとひらに託す真実と理想 純な青春に祈る、ある愛の詩──」という帯がついています。もちろん捉え方は人それぞれですけれど、ここまでのあらすじだけ聞けばロマンチックな「詩」のように思われるかもしれません。確かに雪のひとひらが、神と思しき誰かに願ったり、自身の役割を探し求める姿は敬虔な詩と捉えることができます。
ただ、丘を下り始めてからの展開は、詩というよりも、雪のひとひらの冒険譚だと私には思えるのです。
彼女は伴侶となる相手を見つけ、幸せを分かち、子どもとも出会います。そして全てが終わった後、凪いだ海の果てでこの世界のことわりを悟る。その場面の美しさは積み重ねてきた彼女の物語に起因するに違いないのです。
慎ましい挿絵を挟みつつ、一つ一つの描写を大事に、絵本のようにゆっくりとしたペースで読み進められる、ハードカバー版はとてもおすすめです。
ジョー・ネスボ『その雪と血を』
うってかわってハードボイルド小説です。
麻薬組織のボスが自身の妻の殺害を殺し屋である主人公・オーラヴに依頼する、しかしオーラヴはその標的に惚れてしまう……というどこかありがちなストーリー。しかし、やはり「雪」が影響するのでしょうか。この作品の抒情的な雰囲気には冒頭からがっつり私を惹きつけてしまうのです。
まず「おれ」にはできないことが四つある、という語りから始まります。一つ目は逃走車の運転、二つ目は強盗、などとその理由も合わせてテンポよく語られるのですが、まぁ弱点が多くて素晴らしい。数字も十まで数えられません。とにかく主人公には頭脳を駆使して、姑息に動くことが一切できないというこの作品の大事な要素が語られるのですが、それ以上に、「おれ」の一人称の語りがとても文学的で、リーダビリティにあふれているのです。
淡々と仕事をする殺し屋でありながら、変な語り手オーラヴは、独特の思考回路を展開させながらも大方そういった物語がそうするように、ターゲットである妻の味方となり、彼女と共に依頼主のボスを裏切る算段を図ります。ここからの展開もまたハードボイルドなんですが、語り手が面白い、そのことも相まってとにかく文章が巧いということで、たった200頁程の小説ながら、一風変わった魅力を携えた一冊になっています。
雪、そして血を扱った描写も序盤と終盤に印象深いものがあるのですが、中でも終盤のそれは一人称小説ならではの、ここでそれを語るかというような工夫も伺えて、うわぁ巧っ、と声に出してしまった名場面なのです。
充実した読書体験になるはずですので、どうぞこの冬にぜひ。
以上でございます。
最初に「神秘的」という言葉を使ってしまって以降、安易に多用してしまいそうだぞと戦々恐々していたのですが、なんとかなりました。ただそれほど不思議な、神秘的な雰囲気をもったラインナップだな、と我ながら頷いているのが本音です。
どれも長い作品ではありません。しかし、事が起こること、それ以上に味わい深い行間に満たされる美しい作品たちが揃っています。そうした行間は雪を扱う作品の共通点とも言えるかもしれません。
冬はまだ長いですが、わくわくしながら迎えるにはうってつけです。
雪の小説、皆さまもどうぞ手にとってみてください。
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