バレンタイン前に片想い小説特集
こんにちは。
2/14が迫っておりますね。義理チョコの文化が薄れつつあったり、友チョコやら自分へのチョコやら、とにかく女子から男子に告白する日みたいなもてはやされ方はあまりなくなってきたバレンタインデーですけれど、一方で、コンテンツがあやかるイベントとしてはまだまだ根強い人気があります。
バレンタインにあやかったメニューがある飲食店やカフェなんて年々増えているように感じますし、ゲームにもバレンタインイベントはあるし、大型書店にだってバレンタイン特集のミニコーナーはある。そのどれもがハートをあしらって可愛らしくデコレーションされているのです。
ということで、今回のテーマも決して時代に逆行するようなものではないはずです。
というか、恋愛小説大好き人間なので(2022/11/13記事から3か月ぶり2回目)、いろんなことにかこつけて恋愛小説の話をしたい。
今回のテーマは片想い。この響きだけで頬が緩みそうになりますが、実はちょっと難しいところがあります。
事前に、片想い小説です、などと言ってしまうと、思いは成就しない、というようなネタバレに思われるのではないかと懸念したわけです。思いの成就次第で定義が変わってしまう恋愛小説ではいけない、片想いを描いている作品を慎重に選ぶ必要がありました。ちょっとその辺りも興味深く、楽しんでいただけたらと思います。
それでは片想い小説、3冊参ります。
尾崎翠『片想いの恋人』
タイトルに「片想い」とあるのですからどう展開しても揺るぎようがない片想い小説ですね。
とはいえ、バレンタインデーに恋愛小説の話をしたいとさんざん言って、初っ端に尾崎翠さんを持ってきてしまうあたりがこのブログ。前回の恋愛小説特集(2022/11/13)も藤谷治さん、上田岳弘さん、嶽本野ばらさんだったわけでして……。
尾崎翠さん。1896年にお生まれになり、今はもうお亡くなりの作家さんです。わかりやすく言うと、芥川さんより歳下で太宰さんよりは歳上、というその辺りの時代を生きた人です。
皆さんご存知の作家さん、と言いたいところですが、大学時代に先生(ポラン堂店主)の授業で代表作『第七官界彷徨』から知った身としては、先生に会わなければ自分が存じていた側だったのか自信がありません。
尾崎さんが死後幾度となく再評価される理由として一番よく聞く言葉が、先駆性、です。
堅苦しいものではなく私なりに言ってしまうと、登場する男性キャラクターはかっこいいんだけど面倒くさい、この少女漫画や乙女ゲーのような感じ、超絶的に先駆性があります。そして女性キャラクターのほうは年齢的に幼いが聡明で、マイペースで大概オタクです。現代の読者が受け容れざるをえない、先見の目があり過ぎているのです。
こんな男女を味わいたいとなると『第七官界彷徨』や『片想いの恋人』の「アップルパイの午後」の兄妹の会話などがにやにやできますが、尾崎さんの紹介に忘れてはいけないのが、あらゆる物語や芸術に浸っているからこそと言える主人公、というか尾崎翠氏の高次元的な幻想の難解さです。なんていうか、今どっち、となります。太宰治が激賞したと後付の年譜にある「こほろぎ嬢」なんて三度思いました。勿論、どっち、となるから良いのが幻想小説なのですが。
難解だと挫折を考えてしまう方には、短編集最後の「香りから呼ぶ幻覚」が比較的にわかりやすく、きゅんとできておすすめです。あと個人的には「途上にて」の最後がお気に入りです。
柚木麻子『その手をにぎりたい』
柚木さんの作品にも、「片想い」をタイトルに入れた作品があるではないかと思われるかもしれませんが、そこはすみません、『その手をにぎりたい』を愛してやまない者としていつか紹介できる日を心待ちにしておりまして、そこはもうすみません。
鮨と恋。タイトルはまぁ洒落ということになりますが、冗談ではない傑作です。
舞台は八十年代の東京、社会人三年目の青子は会社を辞めて実家に帰ろうと決意していたのですが、上司に連れられていった銀座の高級鮨店で、その鮨の旨さと職人の魅力に衝撃を受けます。誰かに奢られるのではなく、自分のお金で通いたいと決めた青子は、東京に残り働き続けることを選ぶのです。
この作品の読みやすさは、目次にあるように1983年からほとんど一年ずつ進んでいくところで、東京で稼ごうと決めた彼女が何度も辛い思いをするとか、そんな描写はなく、一章で東京でがんばろうと決めた次の頁の2章では、転職先でもう慣れたふうに仕事をしています。
だからといって読み応えがないわけでは一切ありません。最初、カウンターの若き職人・一ノ瀬さんと美味しそうな鮨の描写があり、自分への褒美の為にひたむきにがんばろうと決めるかっこいいオタク的な主人公がいて、「八十年代」じゃなくてもいいじゃないかと思えたりするのです。しかし、この作品、表紙が東京タワーであることにもなかなか察せれれるところではあるのですが、恋と鮨、そして時代をテーマとなっているのです。
一章では大将に叱られる不器用な職人であった一ノ瀬さんが、一年ごとに店を任される職人に成長していくのも良いのですが、この物語の恋というか、まさに片想いの描き方がとてもとても好きで、最後の最後にこの作品でしかできない報われ方をするんですけれど、読みながらわんわん泣いておりました。
魚介類が苦手な私すら食べたくなる鮨の描写も見事ですし、本当におすすめです。
野呂邦暢「恋人」(『愛についてのデッサン』収録)
1937にお生まれになり、芥川賞作家でもある野呂邦暢さん。1980年にお亡くなりになった作家さんですが、2021年6月、お洒落な表紙と編者である岡崎武志の熱い思いが書いた帯付で本屋に並び話題になりました。
メインは『愛についてのデッサン』がタイトルとなる佐古書店シリーズ。詩の本を多く取り扱う古書店の店主、佐古啓介の恋や旅ということになりますが、古書店のシリーズとは関係なく、岡崎氏の選んだ5編の傑作短編が収録されていることも魅力です。
そのうちの一作、「恋人」。たった15頁の作品に、恋愛小説愛好家の私は胸を摑まれました。
この文章を読んでいただいている方で、自分も恋愛小説好きだ、興味があるという方にはぜひ読んでほしい。叶うなら語り明かしたい。
語り手の「わたし」である男と、「女」、名前の明かされない二人がある夜、遊覧船から住み慣れた港町を眺めながら語り合う、それだけの話です。「わたし」と「女」には五年の交際期間がありますが、「女」は常に他の女性と結婚している「彼」を想っており、「わたし」もそれを承知しているという関係。「女」から、ぜひ会って話したいことがある、と言われたのですが食事をして遊覧船に乗った後も彼女はなかなかそのことを切り出さず、おそらく別れ話だろう、早く話してほしいがこのまま話さないでほしい、と「わたし」の気持ちはどんどん沈んでいきます。
素晴らしいのが二人の思い出のある港町を眺める遊覧船、というのから何から多くの美しい隠喩が散りばめられているところです。船に乗っているということも、暗い海も、造船町らしく休みなく船がまだ作られているという音も、「わたし」の暗澹たる、しかし深い愛情や、この先の二人の行く末が見事に示唆されているのです。
お洒落な映画のようでいて、何度読み返しても発見のある15頁。他では味わえないと思いますし、おすすめです。
以上です。
片想い特集と言いながらも多少渋さは混じりましたが、どの作品も私はきゅんとしてぐっときて、恋愛小説の良さをかみしめるに至っております。
ポラン堂さんには現在恋愛小説コーナーがありますが、バレンタイン仕様に様変わりしております。今月は店主の用事が立て続けにあり、お休みが多い月ですが、ぜひご覧になっていただけたらです。
ではまた。
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