2/29生誕、辻村深月さん特集!
こんにちは。
早くも2月最後のブログ更新です。
今回は2/29、閏日が誕生日の辻村深月さんの特集をしたいと思います。
現在ポラン堂古書店では、辻村深月さん棚を豪華ラインナップで展開しております。
昨年は『ハケンアニメ!』と『かがみの孤城』の映画化があり、どちらも公開後、前評判以上に内容の面白さが口コミで広がっていった印象があります。そういった感想を聞くたび、原作が面白いのだからそりゃ面白いよと勝手に鼻高々な私でした。
センスのあるテーマ選び、そのテーマをぶれることなく見事に展開するストーリー、自然体のまま没入させてくれる登場人物たち、どれをとっても今最も才能に満ちた作家の一人であると思います。
既に『ハケンアニメ!』は昨年5/11更新分にて好き過ぎるあまり単体で特集し、『かがみの孤城』も今年1/22更新の本屋大賞特集で取り上げさせていただきました。
しかしまだまだ面白い作品は尽きることがありません。
少しずつ時代も散らしつつ、今回は辻村深月さんの素敵な3作ということではりきって紹介したいと思います。
『凍りのくじら』
2012年に直木賞を受賞した頃から(と記憶しているのですが)、辻村作品の講談社文庫に「この順番から読めば、辻村ワールドがより楽しめる!」と①から⑨まで図解付きの帯が巻かれるようになりました。
その①番目が『凍りのくじら』です。
2004年『冷たい校舎の時は止まる』でデビューし、二作目にあたります。『冷たい~』はその図解だと③になっていました。その帯の順番通り読んだという方がどれだけいたかわかりませんが、まずは『凍りのくじら』という主張は否が応でも伝わりますし、実際大正解だと思います。
辻村さんの面白いところは当時ミステリ系の印象も強いメフィスト賞でデビューしながら、多くのところで非ミステリ作家、ノンジャンル作家のように紹介されているところです。
『凍りのくじら』もミステリではありません。なんとも一言でジャンル分けできないけれど面白い、素晴らしい作品です。
まず見所はなんと言っても目次に並ぶ『ドラえもん』のひみつ道具の数々。後に2019年『ドラえもん のび太の月面探査記』の脚本を務めたことでも話題になりますが、辻村さんといえばドラえもん、藤子・F・不二雄オタクです。
『凍りのくじら』の主人公・理帆子は膨大なドラえもんの道具を知っていて、地の文でも「こういう道具ってなかったっけ」みたいな会話の中でもすらすらその名前を並べます。それこそポケットから取り出すドラえもんのようにです。
本や漫画やアニメを愛し、友人たちのコミュニティの中でも他人を達観した姿勢で、いつも「少し・不在」の理帆子。ドラえもん博士な面もあり、なかなかかっこいいところもあるのですが、困った元カレがいる、という一点の問題を終始抱えています。
理帆子曰く、「カワイソメダル」を持っている彼。アニメオリジナルにて登場した道具であり、つけると可哀想で何でもしてあげたくなる「カワイソメダル」。理帆子は別れた後もその効力に苦しめられることになるのです。必然として彼こそ、彼の痛ましさこそ、『凍りのくじら』のメインディッシュのようになってしまうのですが、高校生主人公のヤングアダルト向け青春小説などとは片づけられない凄みがあります。
辻村深月氏を味わうなら必読の本です。ぜひ。
『東京會舘とわたし』
画像は一旦上巻である「旧館」のみ、ですが下巻「新館」も合わせて二冊の作品です。単行本として発刊されたときもその点は変わらずで、読めば二巻に分けるのが適切というのがわかります。
大正11年に社交の殿堂として丸の内に創業した東京會舘。その建物の現代(2019年)までを描く、というあらすじをきくと、小説? と思われるかもしれませんが、小説です。エッセイテイストのタイトルもまた一つの仕掛けで、「わたし」は辻村深月氏ではなく(正確には辻村氏ではないが辻村氏である)作中の人物を指しています。
正直、この作品を読むまで東京會舘というのは、名前を聞いたことがある程度で、作中にて触れられる芥川賞・直木賞の会見場所であるということも知りませんでした。一言でいえば演芸場。宿泊施設ではないし、デパートなどとも異なる、結婚披露宴、パーティーやディナーショーなど社交の場としての役割を持った建物です。
物語は各章、主人公を変え、時代を進みながら連なっていきます。二章となる1940年では、戦時において東京會舘は業務を終了し大政翼賛会の庁舎になるのですが、その最後の日に、政府の人間を客として出迎える會舘最古参となる従業員の目線が描かれます。既に一般のお客様を迎えることがなくなった建物には、レストランの支配人やバーのバーテンダー、演芸場の美容室を取り仕切る美容師など、それぞれの想いで最後の清掃や片づけをしており、皆最後まで東京會舘に愛着をもって寂しくも穏やかな終焉を迎えようとしているのです。
三章以降、戦中や戦後が描かれる中でも、この最後の日に立ち会っている従業員が登場するのがとても良い。特に四章、戦後GHQに接収され「アメリカン・クラブ・オブ・トーキョー」となった東京會舘で、堂々とバーテンダーとして活躍している今井さんなんて超絶にかっこいいのです。
時代を経ていく物語に、あの人物は再登場しないのだろうか、というのがどんどん積み重なっていき、名前だけでも再登場するだけで感動はひとしおです。全く知らなかった東京會舘が、その歴史を読めば読むほど好きになり、読後は東京會舘の公式サイトをきゃーきゃー言いながら見にいった私でした。あの店は、あのお土産は、と旧知の仲のように思えます。
辻村さんの着眼点の深さ、確かな取材からストーリーを展開させる敬意の素晴らしさ、彼女にしか書けない物語が詰まっています。おすすめです。
『傲慢と善良』
昨年9月末に発刊した文庫本ですが、数多くの書店のスペースで面置き、平積みされ、一時期は本屋に行けば見ないことはないほどの文庫だったのではないでしょうか。実際、現在阪急梅田の紀伊国屋書店にてコーナーが設けられている「2022年文庫ベスト300位」では発刊からほぼ3ヶ月しかなかったにも関わらず5位という成績で、その存在感に圧倒されずにはいられません。
勿論、単行本が2019年に発刊されており、その際にも書店の広いスペースでインパクトを与えていました。もしかすると、辻村さんをこの作品から読んだという人は今少なくないのかもしれないと思います。
物語は主人公の一人・真実が恋人の架に助けを求め電話をかけるプロローグから始まります。本編はプロローグの事件から二か月後の架視点となりますが、結婚を間近に控え、真実が行方不明になってしまうのです。彼女がストーカー被害に遭っていたことに思い当たった架は、真実の母と警察に相談しますが、事件性はないと判断されます。架は自身に出会う前の真実について調べ始めるのですが……。
一見、結婚を間近に失踪という点も含めて、ありきたりな男女ではありますが、二人が出会ったのが「婚活アプリ」という点が早々に明かされて、この物語には濃い独自性が生まれます。彼に助けを求めていた彼女の叫び、動いてくれない警察に怒りを感じながら焦る彼の心境、それだけなら疑いようがない美しい恋愛小説となりますが、互いにあるのが気持ちを擦り減らし疲弊した「婚活」の日々です。
ようやっと結婚というゴールに辿り着くはずが、期せずして相手の生々しく、痛々しい面を知ることになり、本来通過しなかった道筋で互いについての擦り合わせを行うことになります。
痛々しい、という意味では最初に挙げた「凍りのくじら」に通じるものがありますが、およそ10年経っており、主人公も30代であるところに辻村作品の深みがあります。
タイトルの『傲慢と善良』は、結婚相談所の小野里という淑女が現代の婚活を批評する中で、ジェーン・オースティンの小説『高慢と偏見』を元にして使った言葉からきたものですが、その場面も含め、婚活というテーマで現代を舞台にした小説を展開させる鋭さもなかなか痺れるものがあります。現代作家の代表格として辻村深月さんを味わえる一作になっておりますのでぜひ。
以上です。
卓越したテーマ選びのセンス、それを多くの人が楽しめるストーリーに落とし込むストーリーテラーとしての才能は、どれを読んでも疑いようがなく、そこに高い文章力と質の高い人物描写があるのだから、とにかくついていけば間違いない作家さんですよね。
『傲慢と善良』にしても、帯やあらすじではそれほどわくわくさせてくれるようには思えない、しかし辻村さんのことだから何かしているに違いないと思い、読み始めてみたら実際何かしているのだからたまらない。企画力、から何から期待が止まらない作家さんなのです。
同じ思いの方も、今はまだピンとこないなという方も、皆さまぜひ、まず手に取っていただいて間違いないのでぜひ。
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