オフィス舞台の小説特集
こんにちは。
早くも、ほんと早くも6月最後の更新です。
要するに上半期最後の更新となるわけですね。本当に早い。
さて本日のテーマですが、6/27は「零細・中小企業デー」ということで、なんでもかこつけたい当ブログではオフィス小説特集をやりたいと思います。7/20に中小企業庁が定めた「中小企業の日」というのはあるんですが、「零細・中小企業デー」というのは国連が制定した国際デーの一つなんだそうです。零細・中小企業の重要性を認識して、意識や行動を高める日だとか。このブログをやっていますと、記念日に詳しくなるばかりです。
昨年11/20更新には勤労感謝の日にあやかった「だいぶ変わっているお仕事小説特集」をしております。会社ものよりも自由な仕事の小説が読みたいという方は、どうぞそちらもご覧ください。
ただオフィスもの、といってもお堅いイメージを持っていただく必要はないかと思います。想像や空想よりもリアリティに沿った雰囲気を味わえる魅力があり、その中でしか味わえない人間関係がある。
今回もおすすめを三冊、紹介致します。
高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』
昨年『群像』1月号に掲載された後、単行本化され、芥川賞を受賞、『王様のブランチ』に取り上げられたり数々の著名人や読書アカウントに感想を呟かれたり、大変話題となった作品です。純文学の芥川賞作品がこれほど発行部数を伸ばすのも、久しぶりなんじゃないかなと思います。
私の率直な感想を言えば、衝撃的に面白かった。
芥川賞や純文学に難解なイメージを持たれる方はいらっしゃると思いますが、この小説を読んで、何が起きているかわからない、とはならないと思いますし、そういう意味で難解ではありません。ただ読みながら、これ良いんだろうか、面白がって大丈夫なんだろうか、という戸惑いが来ます。決してグロテスクでもバイオレンスでもないのですが。
事件性のある出来事が起きるわけでも、謎が謎を呼ぶわけでもありません。恋愛小説とあらすじに紹介されていますが、そんな恋愛がどうこうという物語でもない。大きなことは何も起きないのに、ただ最初から面白い。
視点人物は二谷(にたに)という男性社員と、後輩の女性社員の押尾が交互に切り替わります。この作品においてこの言い方が正しいかはわかりませんが、私にとっては二人が主役です。
彼らが勤めるのは食品や飲料のパッケージ製作会社の営業部で、二人の同僚には芦川さんという女性がいます。芦川さんは仕事はできないけれど皆に優しく、美人で、お菓子作りが好きで、でもよく体調を崩しがちで、そのたびに他の社員がカバーしがち、という感じの人です。そして二谷は、社内の人間には隠れて芦川さんと交際しています。
そんな二谷との飲みの席で、押尾は、わたし芦川さんのこと苦手なんですよね、と口にします。
二谷さんがビールを飲むのを止めてわたしを見た。その目が一瞬、油断したように笑った。
わたしは目を合わせたまま、ビールを飲む。ゆっくり飲んだら嫌味っぽくなると思って、わざとちょっと早く、ごくごくごく、と一気に飲む。言っちゃった、って感じを出すために。二谷さんは「へえ」と言って目を細めた。今日はそういう話をする日なんだね、とその目が言っている。
同性同士が愚痴を言い合うのならこんなに面白く読めないと思います。そしてこんな駆け引きめいた表情の探り合いになるのは、二人が同じオフィスに勤めているという別の緊張感があるからです。二谷と芦川さん、二谷と押尾の関係性の対比、オフィスの人間関係や、人の心の奥底あるあるを堪能できるような鋭い文章が続きます。
正直、面白いと思うかはその人の性格によるかもしれません。二谷や押尾を哀れに思ったり引いちゃったり楽しめない人もいるんだろうと思います。しかし私は面白かった、それで顰蹙を買うならどんとこいです。
三浦しをん『星間商事株式会社社史編纂室』
このブログでも登場回数の多い、三浦しをんさんですが、オフィスものというとこのタイトルと表紙が浮かびまして、やはり取り上げざるを得ませんでした。
紹介する前に言っておかなければと思うのは、この作品は2009年に発刊(文庫化は2014年)の作品だということです。当時なら、斬新な三浦しをん的新しい切り口で受け止められたであろう一冊ですが、今だとそのキーワードは少し違う立ち位置を獲得しています。
そう、──オタク、コミケ、同人誌、腐女子×オフィス小説なのです。
主人公・幸代はオリジナルのBL小説をコミケやそれに類するイベントごとにせっせと作るオタク女子です。もちろん職場にバレるわけにはいかなかったのですが、職場のコピー機を拝借していたところを課長に見つかり、原稿が読まれてしまう。オタクであれ何であれ、ひーっとなってしまう場面ですが、そこから物語は展開します。
幸代が勤めるのは星間商事の社史編纂室。出世よりも趣味に没頭できる残業のない仕事を求め過ぎた結果、社史編纂室という部署に配属になってしまいます。創立60年に向けた社史の製作の為の部署ですが、時は過ぎ、60周年を過ぎてもまだ社史はできていないというあまりにも緩い部署。そこにはあらゆる事情からとばされてきた仲間たちが、資料集めをしたり進んでいない進捗を報告し合ったり、これまた緩く仕事をしているわけです。
コピー機の前で同人誌の原稿を読まれてしまった幸代は、課長からこの社史編纂室でも同人誌を作ろうと持ち掛けられます。しかしその同人誌づくりが、60周年を迎える星間商事の栄光の中に隠れた闇を炙り出すなるのです。
この作品の味はやはりオタク文化と、仕事、友人、生活の混じり合いですが、オタバレという言葉も広まっておらず、推しという言葉も流行っていなかったこの時代は今との齟齬を感じてしまうと思います。しかし、社史をめぐる物語でありながら、オタク史、カルチャー史に思いをはせる作品でもあり、懐かしかったり、新しい発見があったり、何はともかく楽しめるのです。
三浦しをんさん名物のチームの面白さも堪能できます。みっこちゃんも矢田さんも本間課長も魅力的で良い。ぜひ。
森ノ薫『このビル、空きはありません!』
ライト文芸、というジャンルの代表的レーベルの一つ、集英社オレンジ文庫から一冊紹介します。なんだ表紙がキャラキャラしいな、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、オレンジ文庫をはじめ、ライト文芸はお仕事小説の宝庫だと個人的に思っております。
今期のドラマでも放送していた『それってパクリじゃないですか?』も、NHKでドラマ化されていた『これは経費で落ちません!』も共にオレンジ文庫。タイトルに似たセンスを感じる、今回紹介の『このビル、空きはありません!』もドラマ化候補と言えるかもしれません。
この作品は昨年のノベル大賞の受賞作として昨年12月に発売されました。2022年ノベル大賞のHPにいっていただければ、またお名前を出してしまいますが、選考委員・三浦しをんさんの選評が読めます。何せ、準大賞も佳作も該当なしの年で、辛口気味の選評が目立ちますが、唯一大賞に輝いているこの作品については高く評価されています。
まず面白いのが、ビルのテナント営業という不動産の中でも専門的な、しかし確かにあるに違いない職をしっかりと書いているところです。主人公は入社一年目の咲野ですが、まだ一本も契約が取れず、その一本目の難しさや周りのどないかしようという空気感がリアルだなぁと、新卒で営業職だった私なんぞは思うわけです。
契約寸前までいったものも壊れ、彼女は早乙女という男が一人所属する謎の部署「特務室」に異動を言い渡されます。向いていない職を続けるくらいなら、と早乙女には退職を申し出る咲野でしたが、査定に響くからと引き止められ、特務室の仕事をしていくことになるのです。
特務室は営業部でも対応困難な案件に時間をかける、何でも屋のような部署です。ただしここから格好良く活躍できるわけではありません。ペット可のテナントビルを探して片っ端から電話をかけるとか、そういう地味なこつこつがこの作品には多くあります。
また私がこの作品で意外と心地よく感じたのが、営業職をネガティブに書きすぎないというところです。月間の目標達成をなんとかしたいみたいなのって、体育会系的な考え方みたいに私のような日陰人間に忌避され気味なところもありまして、実際、小説にしろ、漫画やドラマにしろ、営業職を明るく楽しく描くよりその真逆が多い気がするんです。この作品も、明るいところだけをきらきら描いているわけではないのですが、何せ、それぞれの人々が真剣で生き生きしているのがいいのです。
最終章となる三章目のタイトル回収なんて、かっこよくてぐっと来ます。おすすめです。
以上です。
何の意図もなく、女性の作家さんが書いた作品を選んでいました。
会社ものといっても細かな成功や破綻を描きつつ、立身出世ものではない、リアリティを重視した作品を選んだ結果なのかもしれず、それが作家さんの性別とはあまり関係ないのかもしれず、です。
ただ共通項として、生活やその環境を描くものであり、ライフスタイルを描くもの、というのが今回のテーマなのかもしれません。
そう考えると会社もの、企業ものといえばまだまだある、池井戸潤さんや塩田武士さんはないのかという別の声も聞こえてきそうで、とにかく奥深いテーマだと思います。
皆さんもぜひ日ごろの自身のお仕事にも思いをはせつつ、オフィス舞台の小説、気になったら手に取ってみていただきたいです。
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