雨のコーナー、リターンズ

 こんにちは。

 父の日ですね。夏の本番も近いと感じるかんかん照りも続きますが、まだ梅雨です。

 雨ばっかりだった先週が、この週末からうってかわりそうですけれどまだ梅雨です。


 今回は雨の小説特集。リターンズ、と題しましたのは、去年6/5更新分に「雨コーナー始めました」という記事を書いておりまして、その二年目だからです。

 それこそ父の日や母の日など、昨年特集した内容は、あまり取り上げていないのが今年ですが、雨だけはもう……というかですね、昨年の雨の作品特集をきっかけに、もっと読書量を増やして紹介できる本を増やさなくてはと思いが強くなってしまい、一年間この日の記事の為にさらなる雨を集めてきたわけでして、本日は満を持してのリターンズなのです。

 と言いつつもあまり気負わず、いつもの通り気楽にやりますので、お時間がございましたら、気楽に読んでいただければと思います。

 ポラン堂さんには少し前から雨コーナーも設置されています。

 雨だけでなく初夏の空気も感じられる本が集まっています。

 この中から3冊紹介致しますので、どうぞお付き合いくださいませ。





西條奈加『雨上がり月霞む夜』

 西條奈加さん、日本ファンタジーノベル大賞でデビューしたのち、時代小説を中心に活躍する作家さんですが、このブログには初めてとなります。

 この作品もまた時代ものです。主人公は上田秋成……おっと思われた方もいたのではないでしょうか。作品名に目を凝らしていただくと伝わるかもしれませんが、この作品は上田秋成著の『雨月物語』をパスティーシュした作品なのです。

 とはいえ、『雨月物語』をよく知らないという方もいらっしゃると思います。私も正直、題名を聞いたことがある程度でした。そうであっても楽しめたので、ぜひ紹介したいのです。

 主人公の上田秋成は、自身が営んでいた紙油問屋が火事に遭い、幼馴染の雨月の元に身を寄せつつ医学を学んでいます。雨月は身体が弱く人見知りであまり家からでない男ですが、霊やこの世ならざる者が見えるという体質で、一方の秋成にはまったくそれが見えません。

 冒頭は、雨月が500年以上生きているという大妖の兎・遊戯と出会うシーンとなります。これも何かの縁という感じで、遊戯を家に招くのですが、秋成にはさっぱり見えないので便宜上、遊戯は茶色の子兎になります。遊戯は雨月に対しては敬意を持ちますが、特に霊感もない秋成にはがさつ者と常に悪態をつく。そんな賑やかな兎と、がさつ者と、引きこもりの三人組で、次々と、不思議な出来事と相まみえる、そんな作品です。

 三人の関係性や掛け合いがずっと素敵なのですが、がんと惹きつけられたのが一章の最初。秋成のいないところで遊戯が雨月に話しかけます。

「あのがさつめは、雨月さまの正体に、何も気づいておらぬのですか?」と。


「ああ、何も……秋成は私をあたりまえの人だと思っているんだ」
 ぶう、と黒い鼻から、呆れたため息がもれた。
「ぼんくらにも、ほどがありますな」
「だからこそ、長く一緒にいられたんだ……いままではね」


 いいですよね。これは先が気になりますよね。

 こうしてキャラクターに惹きつけられて読むうちに、雨月物語のパスティーシュとしての真の姿が読者の目の前に現れるのだから、とっても良い一冊です。

 雨もタイトルだけではなく、良い感じに降っています。梅雨におすすめです。




道尾秀介『龍神の雨』

 これほどまでの雨小説があるだろうかというくらい、雨です。とにかくずっと降っていて、雨という言葉もたぶんどの小説より出てきます。

 きっと「テーマ:雨で書いてください」という依頼が道尾さんにきたのでしょうという気がします。この雨テーマで特集記事を書きたかった私と、まさしく需要と供給が一致していて、読みながら、これを待っていた、と物語とは別のところで盛り上がってしまいました。

 さて、道尾秀介さん、人気ミステリー作家さんの一人ですが、その人気にはリアルとコミックナイズの中庸にあるような、魅力的な人物描写があるように思えます。

 『龍神の雨』は実父母を亡くし継父と暮らす19歳の兄・蓮と中学生の妹・楓の兄妹、同じく実父母を亡くし継母と暮らす中学生の兄・辰也と小学生の弟・圭介の兄弟、二組が中心となります。二組の生活にはそれこそ殺意が絡むような切実さがありますが、一方で互いにとって互いが唯一のような関係性、特に最初の章、大雨の中で帰りが遅くなるという妹を心配する兄の自然な会話などはドラマ性をもって読者の心を惹きつけます。

 働かず、引きこもりの継父が妹に性的な欲望を持っていると気づいた兄は、ひそかに継父殺害の計画を立てます。

 また、実母を亡くした事故に継母を疑っている兄に気付いた弟は、兄が疑うきっかけとなったビデオテープを見つけてしまいます。

 事件は予期せぬかたちで起こり、二組は絡み合い、止まない雨の出口を探します。

 ミステリ、家族、兄妹、兄弟、雨、引っかかりのあるキーワードがあれば手に取っていただければ、きっと楽しめると思います。




松山剛『雨の日のアイリス』

 2011年刊行された、電撃文庫ですけれども、もしライトノベルなんてと忌避している方がいらっしゃればその方こそターゲットというか、もちろんそうでない方もなんですが、とにかく頁を開けたら最初からずっと驚きっぱなしだと思います。

 一言でいうとロボットが主人公のSFですが世界観も文章も、どれも良質で読みやすい。

 何より仕掛け、演出が素晴らしい。これはライトノベルの自由さ、映像的な需要の高さがなせる業かもしれません。

 序盤だけ触れます。

 一文目は「ここにロボットの残骸がある。」です。


 一見するとただのスクラップとしか思えないロボットだが、かつては人間の家で働き、主人に愛されて幸せに暮らしていた。
 HRM021-α、登録呼称アイリス・レイン・アンヴレラ。
 それがこのロボットの名前である。
 この記録は、オーヴァル大学第一ロボティクス研究所のラルフ・シエル実験助手によって、HRM021-αの精神回路データを再構成したものである。


 こうした序文の後、一章「解体」が始まります。

 表紙にいる少女の姿をしたロボット・アイリスは愛する博士の家で家政婦ロボットととして生活しています。表情も感情もゆたかで、可愛らしいアイリスの穏やかで幸せな日々ですが、章が始まってからずっと【7日前】【6日前】と、小段落が点灯しており、やがてそれは【前日】にまで迫ります。そしてこれはあくまで、第一章です。

 全編通して、ロボットの生涯を描いた良質なSFで、いろいろな演出の工夫によって壮大ですらある作品です。久々に読み返しましたが、最後のページにまた泣けてしまいました。

 間違いなく傑作ライトノベルの一つです。




 以上です。

 実は三冊ともネタバレ厳禁なところがありまして、紹介する文章を書きながら、これは察してしまわれるかもと消したり、これは惹きつけるポイントだからと付け足したり、なかなか苦心致しました。

 雨の扱われ方すら各作品のテーマ性の核となる部分なので、ずっと降っていますとか、良いところで降っています、とかそういう言い方になってしまうのです。それぞれの登場人物にとって、作品にとって、良い雨なのか悪い雨なのか、というところも……いやこれは口が滑りかけている。やめましょう。

 雨を味わう小説として申し分ない三冊だと思いますし、他にも、雨コーナーにはさらに季節を深める本が並んでいます。ぜひ、雨の降るうちに手に取ってみていただければです。

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