図書館が舞台の小説特集

 こんにちは。

 5月が終わりますね。ええ、と驚いてしまわれる方、私も同じ気持ちです。

 あっというま過ぎますね、毎月。

 さて、今回のテーマは、図書「館」。

 4/23「世界図書・著作権デー」をはじめ、以降4/23~5/12までが「こどもの読書週間」、5/1~5/31が「図書館振興の月」など、4,5月は何かと図書館に関わるイベント月でした。

 そういうわけで、4/23に図書「室」が舞台の小説特集をしましたので、本日更新分が図書「館」となります。

 図書室と図書館、あまり変わらないじゃないかと思われるかもしれません。そんな疑問をお持ちでしたらどうか興味を持っていただけたついでに4/23更新分と合わせて、今回の記事をお読みいただけたらです。

 それぞれを、定義として詳しく調べたわけではなく、場所や大きさだけで言えば、図書館っぽい図書室も、図書室っぽい図書館もあるでしょう。前回、図書室特集の際には図書室は必然として学校がセットのものと語りましたが、例外もあるかもしれません。

 あくまで物語の舞台装置として、という観点で特集しておりますので、面白おかしく一緒に楽しんでいただけたら幸いです。

 それでは図書館舞台の小説、3冊をご紹介致します。




高田大介『図書館の魔女』

 まず文庫版で四巻完結です。後にあと二巻続くのですが、四巻あって物語が一旦閉じますのでそこまでは必読です。試しに一巻だけ、というのでは終われない作品です。それだけはまず、お伝えさせていただきたいです。

 というのもあの原稿枚数上限無しでお馴染みの公募新人賞、メフィスト賞の受賞なのでそれはもう納得です。きっと、海外在住の言語学研究者であった作者・高田大介氏はどかんと原稿用紙3500枚のこの完成された作品を送り、天下の講談社もすげぇなんも言えねえとなってそのまま刊行されたに違いありません。なんとか編や事件ごと区切りもなく四巻ぶっ通し、最後の四巻目なんて600頁越えの分厚さではあります。しかし本当に、面白ぇ面白れぇと思っていたらあっという間に読み終えてしまうので、四巻目の半分を過ぎたあたりから寂しくて仕方がなくなります。そこだけが要注意です。

 やっと内容の話を致します。

 鍛冶の里で生まれ育ったキリヒトは、国からの命を受け、「高い塔の魔女」に仕えることになります。「高い塔」とは世界最古の図書館で、何百という世代にわたって時代を越えて残り続ける英知の象徴で、国の政治すら裏から支配しているとされています。その所蔵資料を全て把握し、世界中から畏れられているのが「高い塔の魔女」。しかしキリヒトが会ったその魔女はまだうら若い少女だったのです。

 「高い塔の魔女」ことマツリカは、耳は聞こえはしても声がなく、話すことができません。とても賢く、孤高で高慢で、性格にも難のある彼女ですが、有能な二人の司書を連れ、表舞台でも存在感を示しています。キリヒトが与えられた役割はその司書と同じなのですが、あらかじめ勉強したことで手話はできても、本どころか字すら読めません。しかし、彼がとんでもなく勘が良く、耳が良いことに気付いたマツリカは、手話以上に自身がスムーズに発話する方法として、マツリカとキリヒトにしかわからない新しい言語を生み出すのです。

 前半、キリヒトの前にその高い塔が現れた瞬間からその世界観に呑まれるのですが、キリヒトとマツリカが、二人だけの言語を生み出し、軽快に会話するようになるとどんどん作品に楽しさが加わり、二人が絆を深め、打ち解けていく様子の愛おしさは最高品質のボーイミーツガールを味わっている気分になれます。また、キリヒトの秘密が二巻で明かされるのですが、そんなん面白くなるに決まっている、と言える要素なのでそこも期待してほしいです。

 図書館の意義を描くファンタジー小説は今や珍しくないかもしれませんが、これほど厚みをもって、本と政治、言語、争いを描くエンタメ作品はなかなかないと思います。

 まず、四巻まで、ぜひ読んでみてほしいです。




住野よる『麦本三歩の好きなもの』

 住野よるさん、と言えばあの実写映画にもアニメ映画にもなった、『君の膵臓をたべたい』の作者さんということで、普段本をあまり読まないという方にも伝わる名前なのではないかと思います。『君の膵臓をたべたい』を小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿し、単行本として出版されるや否や、2016年本屋大賞の2位、そのタイトルの良さもあって本屋でずっとセンターに置かれていた印象でした。

 住野さんと言えば、高校生が主人公だったり、学校が舞台のティーンに向けた物語を書くイメージなんじゃないかと思うのですが、多くのファンからも珍しいと言われたのがこの『麦本三歩が好きなもの』シリーズ。学生ではなく、働いている社会人が主人公なのです。

 麦本三歩が働いているのが大学図書館(学校附属ですが、大学図書館は地域に開かれているため図書「室」ではなく図書「館」と解釈し、今回の特集に選びました)。社会人ではありますが、まだ一年ほどしか勤務歴はない新人さんで、優しい先輩に見守られ、怖い先輩に怒られ、おかしな先輩に絡まれ、毎日懸命に働いています。平凡な女の子ではあるのですが、おっちょこちょいで、謎の動きで人とぶつかったり、言葉足らずだしよく「噛」むしで利用者さんとうまくコミュニケーションもとれなかったり、まぁまぁにぽんこつです。

 本が好きで食べるのが好きでマイペースな彼女を愛でる作品である、ことは確かなのですが、わりと麦本三歩に苛立ったり、共感できなかったり、正反対だったりする読者の気持ちもちゃんとわかったうえで書いている作品で、全体の客観性を補うバランスのとれた存在として、周りの登場人物たちがいるのがなかなかに巧いのです。

 表紙に「第一集」とあるようにこちらも第一巻目なのですが、連作短編集なので、試しで読んでみてどこでやめてもいいという優しさがあります。ただ、最初「ん、三歩?」と思った人も7話にあたる「麦本三歩は君が好き」まで読んでみてほしいところです。

 マイペース過ぎてあまり視野が広いとは言えない三歩ですが、その感性が不意に鋭く活かされたり、時々心に刺さる言動があります。ゆるーく構えつつ、よろしければぜひ。




有川浩『図書館戦争』

 図書館を舞台とした小説と言えば、とアンケートを取ろうものなら圧倒的大差をつけてトップになるでしょう、大有名作でございます。このブログ、ベタを外すことを信条とはしておりません。ベタもまいります。

 読んだのは高校生のときだったとは思うのですが未だに、笠原郁、堂上篤って主人公たちの漢字フルネームがさらっと自分の頭の中に浮かぶあたり、本当にすごいなあと思います。最近読んだ小説でも結構難しいかもしれないのに。

 昨年7/17更新分の「海の日だから海の本コーナー」という記事で、デビュー作の『塩の街』を紹介した有川浩さん(2019年から有川ひろさん)ですが、『空の中』『海の底』と自衛隊三部作に続き、2006年に四作目として発刊されたのが『図書館戦争』。『図書館戦争』シリーズ一作目にあたります。そこから『図書館内乱』『図書館危機』『図書館革命』と本編シリーズは計四作あります。……この図書館〇〇を順に諳んじれるあたりもまた自分と作品の力に感心してしまいます。この時代、高校図書委員を務めていましたから。

 高校時代に出会った「王子様」に憧れ、念願の図書館に採用された笠原郁は、毎日軍事訓練を受けている、というのから物語は始まります。図書館とは、「メディア良化法」によってあらゆる創作物が監視対象になり、時に武力制圧すらおきるようになった世の中で、弾圧に対抗する組織なのです。時代は昭和から平成ではなく、「正化」という年号になり、言論弾圧が激化したパラレルワールドを描いています。この作品は優秀なSF作品に贈られる星雲賞を受賞しているのも納得の、ディストピア小説なのです。

 笠原郁は高校時代、子どもの頃に好きだった童話の完結巻を本屋に買いに行き、その本が問題図書として狩られる現場に遭遇します。どうにか抵抗していたとき、助けてくれたのが後にまぁ出会うことになるんですけど「王子様」で、それが表紙のイラストがお洒落に表しているエピソードになります。

 念願の図書隊に入ったものの、軍事訓練の毎日。笠原郁は文句を垂れながらも、持ち前も負けん気の強さや熱意で、女性ながら男性も負かすほどの隊員になります。やがて図書特殊部隊に配属となり、……という感じなんですけども、軍事だなんだとそれほど構える必要はありません。にっこにこできるラブコメですし、作者自ら「ライトノベル」と公言しているとても軽快で読みやすい作品なのです。

 あらゆるメディアミックスをもって、人々の記憶に残る堂上教官のかっこよさもいいですし、私としては友人であり同僚の柴崎麻子がお気に入りです。苗字の呼び捨てで呼び合う、女性同士の友情ってあれ、巧く描けるのはやっぱり女性作家さんなんだなぁって思ったり。

 間違いないエンタメ性と、実在する「図書館の自由に関する宣言」を冒頭から引用している作品自体の高潔さが、今も根強いファンがいる必然性となっていて、本当に名作です。四巻+別冊と題して二巻ありますが、一巻ずつ完結しますので未読の方はまず『図書館戦争』からどうぞです。




 以上です。

 図書室、だと学校を舞台にした青春小説になる、と前回の記事の書いたのですが、図書館だと広義的になるのかあらゆるジャンルが混じります。その中にはファンタジーも多く、今回紹介に選んではいないものでも、多数思い浮かんだ方はいらっしゃるのではないでしょうか。

 意味が広義だからと言ってしまえばそれまでですが、実際の学校生活の記憶から紐づけているような「図書室」のノスタルジーとは違い、「図書館」には本好きが思い描く憧れの空間、理想の部屋、建築など、多くの創造が詰まっているように思えます。

 だからこそ「図書館」という空間を描写する文章は、明るさ、暗さ、匂いなど、どれも丁寧に並んでいます。そして読者は自身の記憶というよりは、感性で、作者の世界に共感を覚えるのです。

 最後に、『図書館の魔女』の中の図書館を描写する文章、──膨大にあるのですが、その中でも素晴らしく息を呑んだ一文を引用したいと思います。それではまた。


図書館の沈黙は、言葉に充ち満ちた沈黙だったのだ。


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2022.4月に開店した夙川の古本屋さん 「ポラン堂古書店」を応援するために、 ひとりでに盛り上がってできたブログです。 ・ポラン堂古書店のおすすめ情報 ・ポラン堂古書店、 およびその店主が関わるイベントなどのレポート ・店主や仲間たちを巻き込む、読書好きの企画記事 ……などなどを毎週日・水ほか、で更新予定。 ちなみに店主とブログ主の関係は大学時代の先生と生徒なのでたびたび「先生」と呼びます。

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