この兄弟がすごい! 小説3選
こんにちは。
6月ですね。
実は誕生日が警報級の大雨だった私です。みなさんご無事でしょうか。
さて、今回ですが、
6/6が兄の日だそうで、それに絡めた企画です。
調べたところ3/6が弟の日、6/6が兄の日、9/6が妹の日、12/6が姉の日とのことで、3ヶ月ごとに決まっているらしいのですが、順番とかも含めてどういうことだなんだろうと興味深いですよね。
とりあえず6/6の由来はというと、ふたご座生まれ(5/22~6/21)の中間日だからとのこと。ふたご座のシンボルはカストールとポルックスというギリシャ神話の兄弟なので、ふたごの日というよりは、兄の日となったそうです。兄弟の日でも良さそう。ちなみにふたごの日は12/13にあります。
ということにかこつけまして、かねてからやりたかった兄弟特集です。
最近、「兄妹」も「姉弟」も〈きょうだい〉と読むことに対し、「姉弟」の「姉」でもある友人の読書超人が怒りに燃えている話を聞いたばかりなので、勝手にセンシティブに捉えて「兄弟」だけに絞りました。細かいことを言うでない、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、言葉なんて日常生活では半分以上、音、ですから、確かに漢字だけじゃフォローが全然足りていないんですよね。いつか「兄妹」「姉弟」に〈きょうだい〉と違う読みが生まれたら、そこに絞った特集もしてみたいと思います。
それとは別に「姉妹」特集は近いうちにしたいと思っています。
そんな感じで、この兄弟がすごい!という小説、3冊参ります。
伊坂幸太郎『重力ピエロ』
どうでしょう、兄弟と言えば伊坂幸太郎作品、伊坂幸太郎作品と言えば……、三作紹介をもう数十回やってきているこのブログの、これまでにないほどド直球な一作目でございます。
春が二階から落ちてきた。
近代文学らに並ぶんじゃないかというくらい代表的な、冒頭一文目です。
もちろん冒頭だけではなく、第1回の本屋大賞にノミネートされたり、2004年のこのミス年間3位になったり、2009年には加瀬亮と岡田将生の主演で映画化したり、今でもファンが多い有名な作品ですし、私個人のとしても伊坂幸太郎さんの作品のなかでも1、2を争う面白さだと思っているので、まだ読んでいない方はぜひ読んでみていただきたいです。
登場する兄弟は兄の泉水(いずみ)、と弟の春(はる)、どちらも英語にするとスプリングの二人です。全編、兄・泉水の視点で語られる、弟・春についての小説と言ってもいいかもしれません。
泉水は春との仲について誰かに訊かれたら「仲は良い」と即答するほどですが、ベタベタしすぎることはない、けれど大人になっても心配している、といった感じです。一見するだけだとリアリティのある淡白さも見えますが、どちらかというと非リアリティに思えるほど関心を持ちすぎているところが目立ちます。
そんな二人の、というか春の特異性については冒頭数頁であっさりと明かされます。育ての父親が実父である泉水とは違い、春は泉水が一歳の頃、突然家に押しかけてきて母を襲った、連続婦女暴行犯が実父なのです。歪ながらそれでも共通した名前をもって仲良く兄弟であり続けた、それが泉水と春なのです。
連続する放火と謎のグラフィティアート、その法則性を追いながら、兄弟は家族というものと向き合うことになります。ミステリでありながら二人の関係性が沁みる、繰り返しますが伊坂幸太郎さんの作品を代表する名作です。
津原泰水『歌うエスカルゴ』
四六判単行本としてまず発刊された際には『エスカルゴ兄弟』というタイトルでした、という意味では、兄弟ものとしていいかもしれません。どうしてこういう言い方になるかと言えば、血も繋がっていなければ、生まれも育ちも違う二人だからです。
小さな出版社で編集者であった柳楽尚登は、その出版社の経営難により解雇され、吉祥寺の家族経営の居酒屋に料理人として派遣されることになります。しかしその居酒屋の長男・雨野秋彦は、美味しいエスカルゴを出したいというこだわり一点で、居酒屋をフレンチ店に改装したいと考えていました。かくして料理人の尚登は、秋彦の命で伊勢へエスカルゴを学ぶ修行に行くことに……。なかなか跳んで跳ねるようなあらすじなんですが、とにかく顔を合わせれば小気味いい会話ならぬ口論を繰り広げる尚登と秋彦が良く、そこに津原さんの変態的といってもいい幅の広い質の高い知識が彩りとなって、とっても楽しい一冊になっています。
主人公の尚登は香川県出身の27歳です。家の宗派のようなものを理由にこれまで伊勢には行ったことがなかったというのですが、それがなんなのかって、うどんです。
個人的な話ですが、実は先日三重に旅行へ行き、たぶん初めて私は伊勢うどんなるものを食べたのですが、確かに讃岐うどん名物のコシと対象になる食べ物で、食べながら終始、この作品の伊勢うどんを思い出しておりました。主人公にとっては敵(かたき)であるはずの伊勢うどんですが、なかなか美味しそうに描かれているんですよ。
他にも忘れがたい「チーズキツネ」、そして秋彦のこだわる本物の「エスカルゴ・ブルギニョン」、津原泰水さんがもっとたくさんグルメの小説を書いていたら良かったのにと思う、すばらしく美味しそうな食べ物小説です。
血のつながっていない、生まれも育ちも違う二人ですが、リストラから路頭に迷うところであった尚登が、料理と家族経営の小さなフレンチ〈エスカルゴ〉を通して前向きになっていく様子はとてもにこにことできて、見守り甲斐があり、終盤のある場面で「エスカルゴ兄弟」と呼ばれる場面なんて何故だかわからない熱さがあるのです。
とても楽しい一冊です。ぜひ気軽に、いろんな方に読んでほしいです。
瀬尾まいこ『戸村飯店 青春100連発』
2019年の本屋大賞受賞作家さんとしてまたまた有名な作者、瀬尾まいこさんです。このブログでは勝手に意外に感じるのですが、初めての紹介になります。
大阪生まれの作者さんだからこそ文句は言わせない、なにわ人情もの、というか吉本新喜劇の舞台になりそうな下町の超庶民的中華料理店〈戸村飯店〉。常連客のおっさんが毎日訪れ、大声で笑い合うような、年がら年中阪神タイガースの応援をしていて、吉本新喜劇で笑わないやつなどいない、大阪文化まんまの店で生まれ育った戸村兄弟が主人公です。
兄・ヘイスケは要領も見た目もいい、弟・コウスケは顔も三枚目で頭もよくないが店の常連たちに可愛がられる、そんな二人のドタバタ劇だとするとコント調に思えますが、ここからのストーリー展開が瀬尾さんの巧いところです。
まず兄ヘイスケは、心の底から生まれ育った大阪が自分には合っていないと思っています。と言いつつも不器用に、痛々しく馴染めていないのではなく、ものすごく器用で頭がいいので、合わせられているフリはできます。弟コウスケは兄のフリに気付いていますし、東京へ出ていきたいという兄にそれほど意外性も反感も持ちません。ヘイスケが器用に店を継ぐことを避けている、自分は代わりに店を継ぐという将来を悟っていて、もやもやはするものの、兄と違って大阪に馴染んでいる自覚があるのです。
一章は兄が東京に出るまでを弟目線で、二章からは交互に兄目線、弟目線となっていきます。正真正銘血のつながった兄弟で、だからでしょうけれどお互い関心を寄せ過ぎない、離れて暮らしていればふとしたときに思い出す程度で、私には兄弟姉妹がいないのでなんとも言えませんが、なかなかリアリティーのある描き方なのではと思います。
特に兄ヘイスケの、東京で揉まれようが有能さがそれほど損なわれない感じ、他人のことはすぐ覚え、変化に気付く洞察力、一方で本質的に抱える自信のなさや根の暗さなど中々奥行きのあるキャラクターが個人的に好みでした。
もちろんご飯も美味しそうですが、あくまで兄弟の話なので、実は戸村飯店の料理がたくさん出てくるグルメ小説とはまた違うんですよね。でもそこがいい。
誰にでもおすすめできる小説です。
以上です。
兄弟、で絞ってみて思うのは、どの作者さんもきっと距離感を大事に描いていることです。稀有な、この二人ならではの距離感、というよりは、どこにでもありそうなリアリティーを感じられる距離感です。物語上、背景がどれほど複雑で込み入っていても、同性の男性の家族の感じというのは、説得力を持たせたくなる、そういう意味で手の抜けないところなのかもしれません。
また、私が読む作品の偏りもあるのかもしれませんが、国内の現代社会に生きる兄弟が3作品とも揃っています。地域の名前が出てくることも共通しています。
海外や、別の時代や、もしくは異世界で「兄弟」となると、求められる説得力の種類はまた変わってくるように思うので、そういう特集があればまた楽しいだろうなと思った次第です。
皆さんもこれを機会に兄弟の小説を楽しんでみるのはいかがでしょうか。それではまた。
0コメント